メディア掲載  外交・安全保障  2018.11.13

中東激変 第2幕が始まる

毎日新聞【論点】(2018年11月7日)に掲載

 ジャマル・カショギ氏の祖父はサウジアラビアの初代アブドルアジズ国王の主治医、叔父のアドナン・カショギ氏は武器商人。カショギ氏は「反体制派ジャーナリスト」とされるが、エスタブリッシュメント(支配階級)の出身なのだ。だが、サウジのムハンマド皇太子を個人攻撃したため、「裏切った」と憎まれていたのだろう。事件はカショギ氏が「内幕を知りすぎていた」からであり、「内ゲバ」と言える。部族社会時代なら「裏切った身内は殺す」かもしれないが、21世紀では通じない。

 中東ではイランとサウジの覇権争いにトルコも顔を出そうとしている。イランは米国と組めないので、「米国の寵愛」をトルコとサウジのどちらが取るかという構図だ。強権的なエルドアン・トルコ大統領は近年、米国と折り合いが悪く、関係改善を求めていた。その絶好のチャンスがカショギ事件で訪れた。

 トルコは事件直後、テロ組織支援などの罪で長い間、拘束していた米国人のアンドルー・ブランソン牧師を釈放した。米メディアに情報をリークして「トルコがいかに『いい子』か、頼りになるか」をアピールする一方で、ムハンマド皇太子の評判を落とすことに成功した。エルドアン大統領の勝ちだ。

 しかし、米国は事件でいくら「サウジはけしからん」と思っても、サウジとの関係を悪化させることはできない。イランが不穏な動きを見せる時、サウジなしには戦うことはできないからだ。いずれにしろ、「サウジが今後、どうなるか」「王族内の力関係がどうなるか」は米国にとって最大の関心事だ。

 サウジの王位は初代から第2代への代替わりを除き、兄弟間で継承されてきたが、現在、サウジの実権を握っているムハンマド皇太子は現サルマン国王の子。皇太子は「王族内で権力を集中しなければ立ち行かない」との判断から、構造改革をしようと権力を継承したと思う。だが、石油という富を持つサウジ型部族社会で改革がうまくいくかは分からない。33歳の皇太子が王家を引っ張っていけるか。

 サウジの王家が求心力を失っていき、衰退していく可能性もある。イランなど外からの脅威を前にする際には一致団結するだろうが、イスラム教スンニ派から権威への「チャレンジャー」が出てきた時、最ももろいのではないか。その場合、最悪のシナリオはスンニ派過激主義者がサウジを乗っ取るケースだ。

 第一次世界大戦期の西欧列強による中東分割がオスマン帝国の中東部分の崩壊第1幕だった。イラク、シリア、ヨルダン、レバノンなど欧州型の国民国家が作られたが、近年、戦争でイラクが壊れ、シリアも壊れかけている。サウジを含め、古いアラブの統治システムが制度疲労を起こし、帝国中東部分の崩壊第2幕が始まっている。

 日本はいい意味で中東に介入してこなかった。それが「売り」であり、米国のようなことができるわけがない。欧州も力がない。アラブが自己統治能力を回復して自ら安定を作り出せない限り、中東の不安定が続く。その場合に強くなるのは非アラブのトルコ、イスラエル、イランだ。