メディア掲載  グローバルエコノミー  2018.11.13

日本農業成長の方策

『週刊農林』第2363号(10月25日)掲載

米を一大輸出産品にしよう


 戦前日本最大の輸出産品は生糸だった。いま輸出可能性のある国産農産物は何か?ヨーロッパのように、土地の狭い日本でも、品質の良いもの、付加価値の高いものの輸出可能性は高い。野菜や果物は日持ちの面で難点がある。それよりも、国内の需要を大幅に上回る生産能力を持つため、生産調整(減反)が行われており、それがなければ大量の生産と輸出が可能な作物、日本が何千年も育ててきた作物、国際市場でも評価の高い作物がある。米なのだ。

 米の輸出を本格化すれば、日本は農業立国として雄飛できる。そのためには、西原の主張する 良いものを安くという"優良品廉価主義"が必要である。

 2014年度国産米価はカリフォルニア米を下回った。日本の商社は日本米をカリフォルニアに輸出した。その国産米価は、供給量を減少するという減反政策で維持されている。減反を廃止すれば、価格はさらに下がる。抑えられてきた単収も上がる。主業農家に限って直接支払いをすれば、その地代負担能力が上がって、農地は主業農家に集積する。規模が拡大するだけでなく、零細分散錯圃も解消し、まとまりのある連続した農地で効率的な農業生産が可能となる。品質について国際的にも高い評価を受けている日本の米が、減反廃止と直接支払いによる生産性向上で価格競争力を持つようになると、世界市場を開拓できる。

 日本からの輸出価格が60キログラム当たり1万2000円だとすると、商社が減反を廃止したときの国内価格7000円で買い付け輸出に回せば、国内の供給量が減少して価格は1万2000円まで上昇する。経済学では、これを価格裁定行為という。1万2000円では翌年の米生産は1130万トン程度に拡大するだろう。輸出は360万トン、輸出金額は7000億円程度になる。さらに減反廃止で収量の高い米の品種が作付されるようになると、米生産は1500万トン以上に拡大する、輸出は量で750万トン、金額では1.5兆円程度になる。

 国民負担はどうなるのだろうか?短期的に影響を受ける主業農家に、現行価格1万5000円と1万2000円との差3000円を直接支払いで補てんするとして、その対象数量を現在の生産量750万トンの4割の300万トン(主業農家の生産量)とすれば、1500億円となる(兼業農家の米所得はほとんどゼロなので補償する必要はない)。これは、現在減反に納税者(財政)が負担している4000億円を2500億円も下回る。

 しかも、減反廃止で米価が下がり、主業農家の規模が拡大するとともに単収もカリフォルニア米並みの1.4倍に増加すれば、そのコストは低下する。さらに、規模拡大により生産量が増加すれば、売上額も増加する。この二つの効果で(供給曲線が右下方にシフトし)収益は大幅に増加するので、将来的には直接支払い額は低減していく。

 農家の自家消費部分も考慮すると、消費者の負担は750万トンに価格低下分の3000円を乗じた3750億円分減少する。納税者負担の減少と合わせると、国民負担は6250億円も減少する。国民負担が大きく減少するのは、減反政策が納税者負担によって米価を上げ消費者負担まで高めるという、他に例を見ない異常な政策だからである。

 また、規模拡大のためには、転用期待で農地を保有し、貸したがらないという弊害を解消するため、ゾーニングを徹底する必要がある。そのうえで、資金のない就農希望者が、出資という方法で資金を調達できる株式会社形態の農地取得を禁止し、農業後継者の出現を妨げている農地法は、廃止すべきである。

 平時には米を輸出し、小麦や牛肉を輸入する。食料危機によって輸入が途絶えたときには、輸出していた米を食べて、飢えをしのぐとともに、米輸出によって維持した農地資源を、カロリーの高いイモなどの生産に最大限活用しながら、国民生活に必要な量を確保する。平時の米輸出は、危機時のための米備蓄と農業資源の確保の役割を果たす。しかも、倉庫料や金利などの金銭的な負担を必要としない備蓄である。これまで行ってきた国内備蓄の財政負担を解消できる。



新世紀農協の設立とAIやITの活用


 南北に長いという日本の特性を活かすといっても、個々の農家が、全国に展開する農場を管理することは、現実的ではない。全国を視野に入れる農協が、全国の農家・農業生産法人の間で労働の平準化と機械の稼働率向上を行うなどの調整を行ったりしてはどうだろうか。労働の平準化のためには、農作業に経験やノウハウを持つ人材を農業人材バンクに登録し、これから野菜作り、米作り、農業機械修理などに優れた人を、個別の農家のニーズに合わせて作期も考慮しながら派遣してはどうだろうか。また、農業機械バンクを作って、機械を南から北へと順番に農家にリースする方法も考えられる。一年に一回しか使わない機械を、年間複数回利用できれば、農業機械バンクにとっては機械の償却コスト、農家にとってはリース代金を、大幅に削減できる。修理や補修というサービスも付加すれば、農業機械バンクの機能は、一層充実するだろう。

 本来の協同組合は、このような役割を果たすための組織なのである。柳田國男が主張した通り、このような農協は小農をして大農の利益を得させることになる。

 ITやAI技術の農業への応用について夢が振りまかれている。「匠の技」の継承をITで支援するのだと農林水産省は言うが、技術体系が変化すれば、過去の匠の技は無意味となる。衛星とGPSを利用したトラクターの無人走行も、零細分散錯圃を解消し農業の規模拡大を行うことが前提となる。

 もちろん、情報の流れや分析を取り扱うITやAI技術は農業のシステム全体の改善をもたらす可能性がある。価格などの市場情報や、気象、土壌、病害虫の発生などの生産関連情報を基に、当該農家の収益を極大化できるような適切な農産物や品種の選択と、適時的確な農業資材の投入などの生産方法を、これら相互の関連を考慮しながら同時に決定できるようになるかもしれない。自然や生物を相手にするため、工業よりも複雑な判断や対応を瞬時に求められる農業にこそ、多様な情報の収集・分析・利用を可能とするAI技術の活躍する余地は大きい。それには質量共に多くの情報が必要となる。

 一年一作の米では、匠と言われる人でも一生に40回程度しか米作の経験はできない。しかし、40人の農家を集めると、一年で40回分の米作を経験できる。一人のデータよりも100人、1000人のデータの方が役に立つ。ビッグデータである。

 企業にデータを独占させないで誰もがアクセスできるオープンなビッグデータをどうやって構築するのか。ビッグデータに誤った情報を提供することで競争企業を混乱させるような弊害をどう克服するのか。データ収集・分析などIT技術を使いこなす能力や労力を持たない農家や法人をいかにしてサポートしていくのか。課題は多い。

 これらの課題を解決するため、情報を収集・分析・提供する機関として、「農業IT協同組合」を設立してはどうだろうか。ここにはIT専門家を置き、農家へのコンサルタント業務による収入により運営する。農業ビッグデータを管理する組織を国に置く。様々な組織が持っている気象情報、地図情報、農地・土壌情報、市場・需給情報はここに集約する。農業IT協同組合は、収量、地力など個々の農家から収集したパーソナルデータを一次処理(匿名性の確保を含む)して農業ビッグデータに提供する。農業IT協同組合は農業ビッグデータと個々の農家のその時々のパーソナルデータを組み合わせて、選択する作物、施肥、田植えや収穫のタイミング等を農家に教示する。なお、最近オーストラリアの農家の間で、企業に経営上のデータを利用されないようにしたいという観点から、農協を設立しようという提案がなされている。



フードチェーンとブロックチェーン


 トレイサビリティーはフードチェーンをさかのぼって何が問題を起こしたのかを特定することに主たる目的があるので、生産・加工・流通の各段階において食品の分別流通が行われるとともに記録が保持されなくてはならない。これには大きなコストがかかるうえ、介在する事業者が多ければ多いほど高くなる。

 ブロックチェーンとは分散型の台帳が鎖(チェーン)のように連結することにより、データが保管されるデータベースなので、ブロックチェーン技術を応用することが可能となれば、簡単かつ低コストでトレイサビリティーが実現できるようになるかもしれない。現在ウォールマートなどが取り扱う商品の付加価値を向上するため、ブロックチェーンを活用したトレイサビリティーを試験的に検討しているが、日本のフードチェーンにこの技術が適用できれば、我国の食品・農産物の安全面での評価を高めることができるだろう。



まとめ


 日本農業を農政の鎖から解放すること、新技術の農業への適用を検討すること、これが日本農業を成長させる方策となろう。



【参考文献】

山下一仁 「日本農業は世界に勝てる」 日本経済新聞出版社 2015年

山下一仁 「いま蘇る柳田國男の農政改革」 新潮選書 2018年