メディア掲載  外交・安全保障  2018.10.30

第3次湾岸戦争は起きない?

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2018年10月25日)に掲載

 米国とイランは軍事衝突に向かうのか。こんな物騒な想定の演習を先日実施した。筆者が所属するキヤノングローバル戦略研究所が年に3回実施する政策シミュレーションの一つ。今回も40人近い現役公務員、専門家、学者、ビジネスパーソン、ジャーナリストが集まり、イラン、サウジアラビア、イスラエル、日米中露の各政府、報道関係者を一昼夜リアルに演じてくれた。改めて彼らの貴重な知的貢献に謝意を表したい。

 今回もシナリオ作りには苦労した。中東湾岸は筆者の専門だが、今回はより現実的想定とすべく政府関係者にも協力を求めた。しかし、作成中から「イラン秘密核計画露見」や「サウジ人ジャーナリスト殺害」が報じられるなど現実がシナリオを追い抜いていく。揚げ句、演習当日朝にはジャーナリスト殺害につきサウジ政府が声明を発表、一部政府関係者が欠席するハプニングまで。だから政策シミュレーションは面白い。ここでは筆者個人の感想を書く。

 まずは演習の流れから。冒頭、サウジ・チームに記者殺害事件に関する報告書作成を求め、サウジ皇太子は「事態発生は非常に遺憾。当初の18人に加え関係高官など30人を拘束、調査は続行中。犠牲者に深い哀悼の意を表す」と発表。同時にイランの秘密ウラン濃縮疑惑とイエメンでのサウジ軍機撃墜が報じられる。

 続いて、イランがイラク領内に弾道ミサイルを配備、サウジ東部製油所で反政府勢力による占拠事件が発生、日本人、中国人など外国人多数が人質となる。米・サウジ、中露の特殊部隊が別個に救出作戦を実施し、多数の犠牲者が出る。さらに、湾岸某王国でイスラム革命が、サウジでは王宮府へのドローン攻撃が発生するなど事態が混乱する。

 最後に、イラン前線部隊が暴走しゴラン高原でイスラエル軍基地を襲撃、湾岸でもイラン側の偶発的挑発を受け米駆逐艦がイランのミサイル発射装置を破壊。イランは米艦船を対艦ミサイル攻撃する。

 米・イスラエルはそれぞれイランに最後通告。米国は湾岸のイラン沿岸軍事基地をミサイルと航空機で限定攻撃、イスラエルもゴラン高原からダマスカスに至るイラン軍基地を空爆し、戦闘は終わる。

 あり得ない想定との批判もあろう。そうかもしれない。米国・イスラエルとイラン間は絶妙な相互抑止が効いており、そう簡単には開戦しないからだ。以上を前提に筆者気付きの点を7つ書こう。

●米サウジ関係は不変

 現在両国関係は揺らいでいるが、一度イランをめぐり危機が生ずれば問題は解消する。

●クーデター介入は困難

 内政上、特に民主化を理由に政変が起きたとき、外国からの軍事介入は容易ではない。

●ホルムズ海峡封鎖はない

 海峡封鎖はイランの自殺行為であり、イラン側発言はブラフである可能性が高い。

●米国の暴走は止め難い

 トランプ氏のごとき大統領を持つと周囲は大変であり、また武力行使を決意した米国を止めることも容易でない。

●イスラエルは何でもする

 イランは自国生存に関わる大問題でありイスラエルは全ての知恵を絞って行動する。

●中露の意図は対米牽制(けんせい)

 中露の目的は中東での覇権ではなく、あくまで対米関係を自国に有利にすること。

●やはり日本は蚊帳の外

 これまで実施した中東関係シミュレーション全てに共通することだが、日本チームは誰が首相であっても中東では主要プレーヤーになれない。

 残念だが以上が中東有事の際の日本を取り巻く現実である。今回日本チームは現行法の枠内で最大限の活動を実施したが、それすら対外発表できなかった。一部識者とメディアにお願いがある。日本は蚊帳の外と批判するなら、現行法改正を主張してほしい。