メディア掲載  外交・安全保障  2018.10.16

日本の安全保障は自らで

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2018年10月11日)に掲載

 先日、某有力本邦メディアの若い記者からこんな電話取材を受けた。リチャード・アーミテージ元国務副長官やジョセフ・ナイ元国防次官補・ハーバード大教授ら米超党派の知日派グループがまとめた日米同盟のあり方に関する両政府への提言につきコメントが欲しいという。

 それは何ですかと尋ねたら、アーミテージ・ナイ報告を知らないんですか、もう4回目ですよと切り返された。もちろん、知っている。1回目は確か2000年。筆者は北米局日米安全保障条約課長だったが、報告書に目を通した記憶はない。あれから18年たったが、日本マスコミの体質は変わっていない。こう考える理由を今回は誤解を恐れずに書こう。

 まずは事実関係から。本邦有力日刊紙によれば、米知日派人士が「21世紀における日米同盟の刷新」を発表したという。中国・北朝鮮の脅威を強く意識しつつ、自衛隊と在日米軍の基地共同使用など同盟の深化を提案し、日本に国内総生産1%以上の防衛費の支出を求めたと報じられた。正確に言えば、同報告書は米CSIS(戦略国際問題研究所)が作成したもので、ワシントンでは星の数ほど印刷される報告書の一つ。当然、米国主要メディアではニュースにすらなっていない。他方、多くの米国人アジア専門家が議論した結果だから、それなりに中身はある。カッコ内の筆者コメントとともに紹介しよう。結論は同盟強化のため2030年までに次の10の提案を実行すべし、である。

 ①開かれた貿易・投資体制への再コミット【これってトランプ政権に言うべきだろう】②共同基地からの日米運用【在日米軍基地を日本管理下の施設区域とすることに難色を示してきたのは米側だ】③連合統合任務部隊設立【日米主導の統合任務部隊は理想だが、実現は厳しい。一体誰が指揮するのか?】④日本版統合作戦本部設立【自衛隊の統合作戦が不十分なことは分かっている。提言だけでは実現しないぞ】

 ⑤日米共同有事計画の策定【グレーゾーン段階から米軍が関与するのは理想だが、法律上、運用上の問題あり】⑥防衛装備品の共同開発【30年前の次期支援戦闘機(FSX)の時代からの課題だが、情報開示のない共同開発などごめんである】⑦ハイテク協力の拡大【日本を「ファイブアイズ(米英ら5カ国による通信諜報機関)」に加える案は面白いが、独仏とすら実現していない話だ】⑧日米韓安保協力の再活性化【これも冷戦時代からの課題だが、昔の方が容易だった】⑨域内インフラファンド設立【アジアインフラ投資銀行(AIIB)に対抗しようとするのか。アジア開発銀行(ADB)を強化する方が先ではないか】⑩広範な域内経済戦略策定【開かれたインド太平洋発展のため必要というが、それはトランプ氏に言ってくれ】。

 要するに、優れた内容の提言ではあるが、日本側専門家には長年の課題ばかりで新味はない。内容的には日本政府よりトランプ政権に批判的であり、ありがたいとすら思う。それにもかかわらず、米国知日派の提言を特別視する一部マスコミは、連合国軍総司令部(GHQ)の言動に右往左往した昭和の日本人などと変わらない。菅義偉官房長官は、「個々の提言には論評しない」と答えた。至極正論である。

 アーミテージ氏らは2000年以来、集団的自衛権の行使の容認など「日本の防衛政策の重要な転換を後押しする役割を担った」と報じられたが、それも違う。集団的自衛権の必要性は米国に言われるまでもない。日本の安保関係者にとって長年の悲願は、米国からの外圧ではなく、安倍晋三首相自身の政治決断によりようやく実現したものだ。米知日派の提言に一喜一憂するのはやめて、そろそろ日本人自身で日本の安全保障を考えようではないか。