メディア掲載  グローバルエコノミー  2018.10.12

日米首脳の通商協議を緊急報告する -民間の活動を政府が約束させられた80~90年代の日米摩擦の二の舞にならないか-

WEBRONZA に掲載(2018年9月28日付)
突然浮上した「TAG」なる言葉

 たまたま別件で訪米し、日米通商協議の報道に接した。米国からこの協議の評価を総括してみたい。

 まず、「物品貿易協定、略称TAG(Trade Agreement on goods)」なるものが突然出てきて面食らった方も多いだろう。

 日本政府はこれまで、農産物でTPP以上の対応・譲歩はできないと内外に主張していた。このため、二国間交渉となってトランプ政権からTPP交渉のとき以上の圧力がかかり、TPP以上の関税削減・撤廃を要求されるおそれがある日米FTAはやらないと言っていた。

 今回の合意では「日米TAG」をするというのである。つまり、日米FTAはやらないが日米TAGはやるというわけだ。しかし、どちらも二国間交渉であることには変わりない。

 日米首脳間の共同声明文では、農産物についてはTPP以上の約束はしないというので、日米FTAだろうが日米TAGだろうが、中身は同じことである。ある意味、これは農業界を安心させるための目くらましにすぎない。役人の姑息な対応だが、この悪知恵をひねり出した人は、役人としては立派なのかもしれない。

 正確に言うと、WTOができるまで世界の貿易はGATTで規律されてきた。GATTはモノについての協定なので、GATT上のFTA=自由貿易協定は、サービスや投資等は含まないモノの自由貿易協定、つまり今回突然浮上した「物品貿易協定=TAG」にほかならない。いま世界各国が行っている自由貿易協定といわれるものは、それにその後の貿易や経済事情の変化で必要となったサービスや投資をくっつけただけのものである。

 現在世界のだれも使っていない「物品貿易協定=TAG」なる言葉を見つけ出した日本の役人の努力を、安倍首相以下は評価しているのだろう。

 結局、WTO上の根拠を欠く安全保障を理由とした自動車の関税引き上げというアメリカの脅しに負けて、農産物についても自由貿易協定を締結することで、アメリカにTPP並みの譲歩を認めてしまった。牛肉と自動車のバーターになってしまったのである。

 毅然とした対応を取っていれば、TPPによって農産物で豪州等より不利な扱いを受けることとなったアメリカが、お願いですから農産物の関税を下げてくださいと言う交渉になるはずだった。残念である。


中国に遠くから吠えているだけ

 根本的には、農産物でアメリカが日本市場で豪州などに比べて不利になることが、アメリカをTPPに復帰させる唯一の手段だった。日米FTAであれ日米TAGであれ、農産物でアメリカを豪州等と同じに扱うことにすれば、トランプのアメリカはTPPに復帰しない。

 現在の米中貿易戦争は、知的財産権、国有企業、投資などの分野で中国が不公正な対応をしていることが原因だった。これらの分野でWTOを超える高度な規律を課すこととなったTPPにアメリカが復帰すれば、中国対策としてアメリカにとっても有効な手段を獲得できたはずだった。

 アメリカも入ったTPPがイギリス、韓国やタイなども加えてさらに拡大し、巨大な経済・貿易圏を形成していけば、中国もTPPに入らざるをえなくなるか、それができないときでもTPPの規律をWTOの規律にするよう要求することができたはずだった。関税を上げるだけでは、中国はこれらの分野について譲歩しない。

 中国を意識した今回の日米首脳間の共同声明文の部分は、問題を指摘しているだけで、それを実現する有効な手段にかける実質や内容のないものとなった。遠くから中国に吠えているだけである。

 米中貿易戦争を戦っているアメリカにとってこそTPPが重要なことを、どれだけ安倍首相をはじめとする日本政府の交渉団はアメリカ側に説得したのだろうか?(参照:日米FTA交渉を避ける道はないのか?)。これまた、残念なことである。


勝者は日本の自動車産業?

 共同声明の文言からは明らかではなく、今後の火種となるかもしれないが、日本の得点は、EUと同様、交渉を行っている間は、自動車の関税引き上げを回避することを勝ち取ったところだろう。

 アメリカへの日本車の輸出には関税が増加しない。その一方、米中貿易戦争のおかげで、中国に対する自動車の輸出はアメリカ車には40%の関税がかかるのに日本車には15%の関税しかかからない。発展・拡大をする中国市場を失うアメリカの自動車産業は凋落し、日本の自動車産業は中国市場に伸びていく。トランプ政権の通商政策の勝者は日本の自動車産業かもしれない。

 他方アメリカは、農産物ではTPP以上の譲歩はしないという日本の立場が固いので、共同声明文で農産物と併記しているように、自動車で日本への輸出を拡大して、アメリカの生産・雇用を拡大するという狙いに変更した。11月の中間選挙を控えて選挙民に成果をアピールしたいトランプ政権の顔も立てたということなのだろう。

 ただし、日本の自動車の関税は既にゼロで、どれだけ関税以外の規制を緩和しても、日本の消費者がアメリカ車を好まない以上、アメリカ車の輸出が拡大するとは思えない。日本市場での外国製品のシェアの確保など、民間の活動を政府が約束させられた80~90年代の日米摩擦の二の舞にならないか心配である。