メディア掲載  外交・安全保障  2018.09.28

対日関係支える米国人

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2018年9月27日)に掲載

 この原稿はワシントン発シアトル行き米国内線の機内で書いている。米国各地の「日米協会」を束ねる全米協議会(NAJAS)の年次総会に招かれるという栄誉を得たのだ。本年3月インディアナ州日米協会の会合で講演したご縁で声がかかったらしい。首都ワシントンからワシントン州シアトルまでは直行でも5時間半、この国の巨大さを改めて実感させられた。

 早朝の空港でトランプ政権の暴露本をやっと手に入れ早速機内で読み始めた。ワシントン・ポスト紙の名物記者ウッドワード氏の筆は今も健在だ。新味はないが大統領に関する従来の噂は真実だと確信した。衝動的で学習を拒否するトランプ氏が、ごく一部の質の悪い側近を重用して判断を誤ると、他の多くの常識的高官たちが連携してその政策実現を妨害するという異常な状態は今後も続くのだろう。

 ワシントンでは恒例のキヤノングローバル戦略研究所とスティムソンセンター共催の会合で再び本音を吐いた。「問題はトランプ氏が『例外』なのか、それとも『始まり』にすぎないのかだ」。一瞬会場が静まり返ったような気がした。ワシントンの住人もこの問いには答えられないのだ。

 そうこうしているうちに飛行機はシアトルに到着、会合には遅れて昼食から参加した。午後一番のセッションではNAJASの会長で元米国政府高官の旧友といつもの「弥次喜多」議論を繰り返した。筆者はスター・ウォーズ映画の題名をもじり、今世界では①ダークサイドが覚醒し、②諸帝国が逆襲し、③核兵器のメナスが拡大しつつある。さらに、自分の分析が間違っていることを望むが...と前置きの上、6月の米朝首脳会談により東アジアでは朝鮮戦争の休戦協定が作り出した1953年体制の下での安定が変質し始め、日本は今後国家安全保障政策の一部見直しを余儀なくされるかもしれないとも述べた。

 ちょっと言いすぎたかなとは思ったが、ここでも聴衆は知的に反応しつつも凍り付いていたように感じられた。やはり日米関係者の問題意識は基本的に同じなのだろう。

 友人の元米政府高官の方も「インド太平洋」という新しい戦略概念を聴衆に説明しつつ、東アジアにおける米国の最大の懸念が中国となり、日本との良好な同盟関係なしに東アジアの安定を維持することが難しくなっているなどと踏み込んで説明していた。

 NAJASは全米38もある日米協会のネットワークの元締だ。全体で個人会員は9500人以上、企業会員も2100以上もあると聞く。参加者は各日米協会の責任者たちばかりだから、当然東アジア戦略環境の変化という話には関心が強く、レベルの高い質問が相次いだ。例えば、日本は朝鮮半島の統一を歓迎するのか、自衛隊は南シナ海で活動を拡大するつもりがあるのか、現在の日米安保で中国の「封じ込め」は可能なのかなどなど、しっかりと日本のことを見てくれているなとうれしくなる。前日はワシントン泊、翌日早朝からシアトルに飛ぶという無謀な日程のため頭はあまり回転しなかったが、一緒に登壇した旧友と手分けしながら、何とか誠心誠意回答することができた。「もう現役じゃないから言いたいことが言えるんだよね」「それはお互いさまだろう」。国は違っても元役人の発想は同じだ。逆に、今も現役である元同僚たちの努力と苦労には頭の下がる思いがする。

 それにしても全米の日米協会の存在は日本にとって宝物だと改めて痛感した。こうした米国各地の「草の根」民間団体の活動が日米関係を支えている。仮にトランプ政権が「例外」だったとしても、また「始まり」であればなおさらのこと、日本は対日関係を心配してくれるこうした米国の人々の善意と熱意を重く受け止める必要がある。