先週は話題豊富な1週間だった。ワシントン名物記者のトランプ政権暴露本、大坂なおみ選手のUSオープン優勝、北朝鮮のICBM(大陸間弾道ミサイル)抜きの軍事パレード、北海道の地震等(とう)である。だがウッドワード記者(ウォーターゲート事件の特ダネ記者)の暴露本に新味はもはやない。テニスはウィリアムズ選手の性差別発言ばかりが注目された。ICBMのない軍事パレードは北朝鮮の非核化を意味しない。今週筆者が選んだテーマは「匿名トランプ政権高官」が書いたニューヨーク・タイムズ紙への寄稿文である。
「私はトランプ政権内抵抗勢力の一人」と題された小論の内容は破壊的だ。政権内の多くの人々は大統領からアメリカ合衆国を守るため、トランプ氏の誤った判断や命令をあえて実行していない、というのだから穏やかではない。米メディアは同寄稿文を極めて異例と論評し、改めてトランプ氏の大統領としての器に疑問を呈している。
匿名高官は、「大統領が自らの意思決定の基準となる明確な原則を持たないことは周知の事実」だが、米国民は「仮にトランプ氏が反対しても国のために正しいことをしようとする人々が政権内にいることを知ってほしい」と書いている。当然ながらトランプ氏は激怒した。この匿名高官は「勇気のない臆病者」、寄稿は「反逆行為」だから、司法省は捜査を開始すべしとまで言い切った。もちろん捜査は始まっていない。容疑が不明だからだ。トランプ氏の動きを見れば、この匿名寄稿の内容がいかに正しいかが分かるだろう。しかし、これは米国だけの話ではない。
今週の筆者の英語コラムでは、「日本にも似たような事件があった。個人の名誉のため名は伏すが、平成21年からの2人の首相は、トランプ氏ほどではないが、普天間飛行場問題や東日本大震災の際に右往左往し、多くの公務員・専門家は彼らの判断や命令に面従腹背した可能性がある」と書いた。さすがに日本では匿名高官による主要紙寄稿はなかったが、政権トップの資質不足は国家にとって致命的とすらなり得るのだ。
米メディアの一部には今回の匿名高官をウォーターゲート事件の際の「ディープ・スロート」と比較する向きもある。確かに匿名高官という意味では似ているが、当時のニクソン大統領とトランプ氏では資質があまりにも違い過ぎる。むしろ共通しているのは彼らが生きた時代かもしれない。1970年代は歴史の転換期、中東やアジアでは戦争が終わり対話が始まった。米国の国力は低下したと考えられ、米国民が自信を失い始めた時期だ。同様に、現在は新たな歴史の転換期かもしれない。イラン、中国など旧帝国が再び台頭し始めた。米国民は再び自信を失いつつある。
しかし、話はこれで終わらない。米国人にとっては「大統領と民主主義」の問題だろう。だが、米国の同盟国から見れば、今後もトランプ政権が続く場合、結果として同盟関係がどの程度害されるかが最大関心事だからである。
既に弊害は出始めている。中東では米国大使館のエルサレム移転とイラン核合意からの撤退で曲がりなりにも安定していた地域情勢に再び暗雲が立ち込めている。欧州では民族的大衆迎合主義が復活しつつあり、東アジアでは米国の北朝鮮に対する稚拙な対応で北朝鮮の核保有が不可逆的に進んでいる。
71年のニクソンショックでは台湾が犠牲となり、日米同盟も一時的に弱体化したが、全世界の国々は今後も起こる可能性のあるトランプショックにどう対応すべきか悩んでいるはずだ。大統領より合衆国の国益を優先する匿名高官の存在は心強いが、彼らの影響力には限界がある。11月の中間選挙まで2カ月を切った。世界各地の米国の同盟国は今息をのんで、選挙結果の行方を見守っている。