メディア掲載 グローバルエコノミー 2018.08.24
トランプ政権は自動車の関税を現行の2.5%から25%に引き上げることを検討している。
8月4日付朝日新聞によると、日本の自動車業界は、日本から輸出する完成車の価格は一台当たり66万円(6千ドル)コストが上昇する一方、現地で生産する場合でも輸入部品に関税がかかるため一台当たり2千ドルのコストが上昇すると試算している。これは完成車の3分の1に相当する。現地生産車でもざっと8%(22.5%×3分の1)の追加関税がかかる計算だ(輸出車も現地生産車も同じ価格の車と仮定しての計算であり、後述するように現地生産車の価格が低い場合、2千ドルはより大きな関税率に相当する)。
同紙は「関税がかかったら、価格を上げざるを得なくなるので、販売台数は減少する。国内生産300万台維持は困難となる」というトヨタ自動車の幹部の声を紹介している。
安倍首相は9日から開始される日米通商協議で、TPPでの譲歩を上回る農産物の関税引き下げ(アクセス拡大)は困難であること、アメリカによる自動車の関税引上げは回避することの二点を、茂木大臣に指示したと言われる。
しかし、心配するような影響が日本の自動車業界に本当に起きるのだろうか。確かにアメリカ市場での収益は減少するだろうが、別の展望も開けてきた。
最初に、トランプの関税引上げで、アメリカ市場において、日本とアメリカの自動車業界どちらに影響が強く出るかを分析しよう(数値は出所や年次がまちまちだったりするが、おおよそのイメージをつかんでもらいたい)。
朝日新聞によれば、アメリカ市場において販売される日本車の比率は4割で約700万台。そのうち日本からの輸出は170万台、メキシコなど日本以外から輸出されるものは154万台。アメリカでの現地生産は376万台で日本車の半分以上を占める(2017年)。
現地生産がこれだけの割合を持つようになったのは、1980年代以降日本の自動車業界がアメリカとの貿易摩擦を回避するため、現地で自動車工場を建設してきたからである。日本政府がトランプ政権に対して、日本の自動車業界はアメリカの雇用創出に貢献してきたと強調した所以である。
アメリカの自動車業界はどうだろうか? アメリカの3大自動車メーカーが国内で生産する台数は656万台(2016年)。メキシコからの輸入車約240万台のうち6割がアメリカ企業によるもので約140万台。つまり、アメリカ車にも海外で生産され、アメリカ市場に輸入されているものが相当あるのだ。
アメリカ国内の生産でも、輸入部品には関税がかかる。アメリカ企業も日本企業と同様の比率で海外から部品を調達しているとすれば、8%のコストアップとなる。
アメリカ企業の海外からの部品調達率は日本企業よりも低いかもしれない。しかし、日本の部品産業も自動車産業のアメリカ現地生産の増加に伴ってアメリカに進出してきており、海外からの部品調達率についての日米企業の差は縮小しているものと考えられる。
いずれにしても、アメリカ企業が国内生産する場合でもコストアップになることは間違いない。ここでは、アメリカ企業のコストアップを5%と仮定しよう。
東日本大震災の際、黒い塗装インクを東北の工場から輸入できなくなったアメリカの自動車工場は操業停止を余儀なくされた。アメリカ企業も世界のサプライチェーンの中にある。現在では、世界貿易全体の6~7割は部品の貿易である。
しかし、あまり指摘されていないようだが、現地生産のコストアップ要因はこれだけではない。
トランプ政権は鉄鋼の関税を25%引き上げた。これは鉄の塊のような自動車のコストを引き上げる。さらに、中国からの輸入品への関税引き上げによって、自動車部品以外の原材料や器具などのコストも上昇している可能性が高い。これら鉄等の自動車製造コストに占める比率が20%だったとすると、これらへの25%の関税賦課は、完成車のコストを5%引き上げることになる。合計すると現地生産車は10~13%のコストアップとなる。
アメリカ企業も、メキシコからの輸入車だけでなく国内で生産するものも含めて影響を受ける。価格に転嫁できなければ、コストアップは企業の負担となる。だからこそ、日本企業だけでなく、GMなどのアメリカ企業も、公聴会で自動車関税引き上げに反対したのである。
当然ながら、日本では鉄等の関税引上げはない。メキシコも報復措置として鉄鋼製品の関税を15~20%引き上げたが、鉄鋼の輸出国なので国内の価格が上昇するとは考えられない。日本やメキシコからアメリカ市場に輸出する完成車にかかる追加関税は22.5%であるが、自動車部品や鉄等の関税引上げの影響を受けるアメリカ国内の生産車と比較すると、実質的なコスト上の不利は10~13%程度に過ぎない。アメリカ国内の生産車の優位性は、追加関税の半分程度に留まるのだ。
輸出完成車については、アメリカ市場への日本車の輸出は、日本からと日本以外からを含めて220~230万台、同じくメキシコ等からのアメリカ車の輸出は140万台。22.5%のコストアップになる輸出完成車では日本車がアメリカ車を6割上回り、10~13%のコストアップとなるアメリカ国内の生産車では、アメリカ車が日本車を7割上回る。
この数字だけからは、アメリカ企業も打撃を被るが、日本企業の打撃の方が大きそうである。ある意味、トランプはアメリカの自動車産業を日本やヨーロッパの自動車産業から守ろうとしたのであるから、これは当然の結論である(ただし、彼はアメリカ企業もコストアップの影響を受けるとは考えていなかったに違いない)。
しかし、残念ながら、コストアップだけでは日米企業の影響の大きさを判定できない。最終的に両国の企業の収益・利潤がどうなるかが問題だからである。
コストアップ率は価格上昇率と同じではない。日本企業もアメリカ企業も関税によるコストアップを価格に転嫁しようとするだろう。どれだけ価格に転嫁できるかは、その車の性質や消費者の評価などに依存する(これからが経済学の出番である)。
もし、その車に、乗り心地の良さ、燃費効率の良さや事故率の低さなどの性能の高さがあり、他に代替する車が少ないとすれば、消費者は価格の上昇を嫌々ながらも受け入れようとするだろう。このとき企業はコストアップのかなりを価格に転嫁できるので、関税による負担は少なくなる。
これに対して、似たような性能の車がたくさんあるような場合には、価格を少しでも高くすればライバル企業に消費者を取られかねない。このとき企業はコストアップを価格に転嫁しにくいので、負担が大きくなる(経済学的に言うと、前者は価格が非弾力的なケース、後者は弾力的なケースである。もちろん、理論的には価格転嫁は供給の弾力性にも関係する。輸出台数の年変動が大きいことから、日本車の供給は相当弾力的であると考えるが、その時は転嫁しやすくなる)。
日本企業が現地で生産しているのは、トヨタでいえばカローラやカムリなどの大衆車である。これら日本車に対するアメリカ国内の評価が高く、燃費の効率性等で劣るアメリカ車はその代替品とはなりえない(消費者の日本車への信頼感やロイヤリティが高い)とすれば、価格の転嫁は容易だ。逆に価格を上げると消費者を日本車に取られかねないアメリカ企業は、コストアップを自ら負担することとなる。
他方、日本から輸出しているのは、トヨタでいえばレクサスという高級車である。これは差別化商品なので、価格転嫁は比較的容易だろう(もちろん、価格を転嫁できても販売量は減少する。しかし、価格が非弾力的な場合は減少は少ないし、また企業として重要なのは、販売量の減少よりも利潤の減少の度合いだろう)。
価格転嫁を考慮すれば、日本企業の打撃がアメリカ企業より大きいとは必ずしも言えない。双方痛み分けといったところだろうか。
しかも、この場合価格転嫁の影響を受けるのは、アメリカの消費者である。アメリカの企業も消費者もトランプの関税引上げの被害者となる。
日本企業にはもう一つ対応する道がある。それは、コストアップの少ない現地生産の比率を高めることである。国内の生産比率は減少するが、日本企業はアメリカ生産による利益を社内に還元することができる。
トランプの貿易戦争は、別の大きな市場での対アメリカ関税を引き上げている。中国市場である。
中国市場でのアメリカ車は296万台(2016年)。アメリカからの完成車の輸出約10万台(2017年)で、現地の合弁企業による生産約280万台(2016年)だ。日本車は、日本からの輸出17万台(2016年)で、現地生産は463万台(2017年)。
日米両企業とも、輸出はわずかで現地生産がほとんどだ。それは中国の自動車関税が25%と高いため、現地生産する方が有利だったからである。
中国はアメリカとの貿易戦争を回避しようとして、自動車の関税を25%から15%へ、自動車部品は10%から6%へ、引き下げた。その後、アメリカの対中関税引き上げの報復措置として、アメリカからの自動車を含む輸入品に25%分関税を引き上げた(アメリカ車への関税は40%となった)。
アメリカ企業が中国へ完成車を輸出しようとすれば、アメリカでの部品等への関税賦課によるコストアップ分10%に完成車にかかる関税40%がかかるので、実質54%(1.1×1.4=1.54)のコストアップとなる。15%の関税だけで済む日本車との差は39%も開くのだ。これでは、アメリカから完成車を輸出することはますます困難となる。
実際に影響を受けているのが、アメリカの工場から中国に輸出していたBMWやダイムラー(ベンツ)などのドイツ系企業である(約15万台)。これらの企業は中国への輸出拠点をアメリカからタイなどに移そうとしている。この分アメリカの雇用は失われる。
その一方、日本からレクサスを輸出しているトヨタは、関税が下がった7月、前年同月比37.5%も輸出を増やすことができた。
また、アメリカの合弁企業がアメリカから輸入する自動車部品にも25%の追加関税がかかることになる。これもアメリカの合弁企業にとっては大きなコストアップ要因となる。
日本の合弁企業は6%に引き下げられた部品関税を払うだけで良く、かえってコストダウンとなるので、アメリカの合弁企業との競争条件は著しく好転する。これが嫌なら、アメリカの合弁企業はアメリカ以外の国から部品を調達せざるをえない。そうなると、アメリカの部品企業は縮小を余儀なくされる。
そのうえ、日本から輸出される完成車も、中国に進出しているアメリカの合弁企業の車との競争関係についてみても、関税が大幅に低下するので、これまでの高関税による競争条件の不利さを相当埋め合わせることができることになる。
トランプの貿易戦争のおかげで、日本企業は中国市場でのアメリカ企業との競争条件を大幅に改善することができるのだ。
2016年時点で、中国市場での自動車販売台数は2800万台で、アメリカ市場での1800万台、日本市場での500万台を大きく上回る。しかも、中国市場は拡大している。アメリカは巨大市場から取り残されることになる。他方、日本企業には、新たなフロンティアが広がる。
皮肉だが、アメリカ大統領の政策による最大の敗者は、アメリカの消費者だけでなく、保護しようとしたその自動車産業なのだ。