メディア掲載  グローバルエコノミー  2018.08.13

農業界の常識を打破して日本農業を成長させよう

『週刊農林』第2356号(8月5日)掲載

 農業について信じられてきていることや主張が間違っている場合が多々ある。しかも、それが日本農業の発展を阻んできた。そのような常識や主張を壊し、その後に開ける展望について論じよう。


農家も農業も独り歩き出来ないのか?


 石橋湛山(1884-1973)は、岸信介との熾烈な自民党総裁選を勝ち抜き総理になりながら、病気のため2か月で退陣した悲運の宰相である。彼は、戦前東洋経済新報社を拠点として、小日本主義を唱え、植民地反対論を展開した。自由主義、個人主義を強調する石橋は、政府による農業保護も自由な個人の能力発揮を阻害するものとして批判する。

 「日本の農業はとても産業として自立できない、故に農業には保護関税を要する。低利金利の供給を要する。(中略)政府も、議会も、帝国農会も、学者も、新聞記者も、実際家も、口を開けば皆農業の悲観すべきを説き、事を行えばみな農業が産業として算盤に合わざるものなるを出発点とする。斯くて我農業者は、天下のあらゆる識者と機関から、お前等は独り歩きは出来ぬぞと奮発心を打ちくだかれ、農業は馬鹿馬鹿しい仕事ぞと、希望の光を消し去られた。今日の我農業の沈滞し切った根本の原因は是に在る」

 残念ながら、現在でも、農業界の人たちは、農家は弱者であり、農業は儲からないと考える。農家や農業団体も、自力で困難を解決しようとするのではなく、政府や与党に保護や救済を求めて恥じない。

 1900年に法学士第一号として農商務省に入省した柳田國男(1875~1962)は、産業組合(今の農業協同組合)の意義を次のように主張する。

 「世に小慈善家なる者ありて、しばしば叫びて曰く、小民救済せざるべからずと。予を以て見れば是れ甚だしく彼等を侮蔑するの語なり。予は乃ち答えて曰わんとす。何ぞ彼等をして自ら済わしめざると。自力、進歩協同相助是、実に産業組合の大主眼なり」

 ただし、現実の協同組合は政府の支援によって発展し、農業保護を叫ぶ圧力団体となった。この農業界の姿勢や心構えを変えない限り、農業が成長産業となることは期待できない。

 しかし、自力で道を切り開くという姿勢を示している農業企業家が出現している。農業界は関税撤廃に反対するが、日本がTPPに参加する前の世論調査では、農林漁業者の中でTPPに反対しているのはわずか45%、賛成は17%もいた。秋田県の米どころで行われた私の講演会で、米の主業農家が「我々の米はどこにも負けない。農協は反対しているが、我々としては米の関税を撤廃してほしい」と発言すると、周りの農家から拍手が起こった。


規模が小さいので競争できない?


 柳田國男は1904年の論文で、「旧国の農業のとうてい土地広き新国のそれと競争するに堪えずといふことは吾人がひさしく耳にするところなり」と書いている。日本の農業界は110年以上も「規模が小さく競争できないので関税が必要だ」という主張を一貫して行っているのである。

 農家一戸当たりの農地面積は、日本を1とすると、EU6、アメリカ75、オーストラリア1309である。他の条件が同じであれば、規模が大きい方がコストは低い。しかし、規模だけが重要ではない。この主張が正しいのであれば、世界最大の農産物輸出国アメリカもオーストラリアの18分の1なので、競争できないことになる。

 この主張は、土地の肥沃度や気候・風土の違いを、無視している。オーストラリアの農地面積は我が国の90倍もの4億ヘクタールだが、穀物や野菜などの作物を生産できるのは、わずか5千万ヘクタールに過ぎない。それ以外は草しか生えない肥沃度の低いやせた土地で、牛が放牧され、脂肪身の少ない牛肉がハンバーガー用にアメリカに輸出される。これに対して、アメリカ中西部の肥沃なコーン・ベルト地帯では、トウモロコシや大豆が作られ、これを飼料として作られた脂肪身の多い牛肉は、日本などに輸出されている。また、小麦が作られるところでもオーストラリア単位面積当たりの収量はイギリスやフランスの4分の1に過ぎない。

 さらに重要なのは品質の違いである。ブドウにはカバルネ・ソービニオン、ピノ・ノワール、メルロー、シラーズなどの品種がある。しかし、同じ品種を栽培しても、できるワインには地域によって差があるだけではなく、同じ地域内でもワイナリーによっても差が生じる。気候・風土や栽培方法によって、品質の違いが生じるのである。

 米については、短粒種、長粒種、カリフォルニアでは中粒種が生産されている。アーカンソーでは、日中の寒暖の差が小さく、食味の良い米を生産できないため、長粒種が生産されている。気候風土によって作られる米は違う。アメリカ・ロサンゼルスのスーパーでの米の価格は、長粒種を1とすると、中粒種1.5、カリフォルニア産短粒種3、日本産あきたこまち6、新潟コシヒカリ8である。

 香港では、同じコシヒカリでも日本産はカリフォルニア産の1.6倍、中国産の2.5倍の価格となっている。日本の国内でも同じである。コシヒカリでも新潟県魚沼産と一般産地では1.5倍以上の価格差がつく。日本の米の品質は国際的にも高く評価されている。それなのに、国内の米価を維持するために、農業界はやっきになって国税を投入してまで主食であるはずの米の生産を減少させ、日本を〝みずほの国〟ではなくそうとしている。減反政策である。

 国内の地域を生産額の多い順に並べると、関東、九州、東北の順で、農地面積が最大である北海道はその次である。アメリカでも一番生産額の多い州は、コーン・ベルト地帯のアイオワやネブラスカなどではなく、カリフォルニアである。

 農産物輸出国の上位10ヵ国のほとんど(2014年で7ヶ国)はヨーロッパに属している。世界第2位の農産物輸出国は、国土の小さいオランダである。土地資源に恵まれているはずのオーストラリアは15位にすぎない。

 北海道、アイオワ、オーストラリアに共通するのは、小麦、トウモロコシ、ビートやサトウキビ、イモ、大豆など、食品製造業の原料農産物を生産していることである。これに対して、関東、カリフォルニア、オランダの共通点は、野菜、果物、花など価格の高いものを生産していることである。

 世界最大の農産物輸出国はアメリカだが、最大の輸入国もアメリカである。アメリカは有数の牛肉輸出国だが、最大の牛肉輸入国もアメリカである。現在の農産物貿易の特徴は、日本がトヨタ、ホンダ、日産を輸出して、ベンツ、ルノーなどを輸入しているように、各国が同じ農産物を輸出し合っていることである。これを伝統的な〝産業間貿易〟と区別して〝産業内貿易〟という。この点に着目して1979年ころ新しい国際貿易理論を作り出したのが、ノーベル経済学賞受賞者であるポール・クルーグマンである。

 米についても、アメリカは350万トンの輸出を行いながら、高級長粒種ジャスミン米を中心にタイなどから80万トンの米を輸入している。ワインについても、アメリカのワイン店にはカリフォルニア産だけでなく、フランス産、チリ産など世界各国のワインが並んでいる。つまり、同じものでも品質に違いがあれば、双方向で貿易が行われるのである。日本のようにただ農産物を輸入するだけというのは、世界的には極めて異常である。


成長や競争に必要なものは何か?


 戦前画期的な農業・農村改革が、京都府で最も貧しい村と言われた与謝郡雲原村(現福知山市)で実践された。リーダーは、中国を援助するための対中借款、いわゆる西原借款を推進した人物として有名な西原亀三(1873-1959)である。

 東アジア地域の経済の救済・発展を目指していた西原は、国際経済を視野に入れながら農村振興が行われるべきだと主張する。そして、「吾々が国際経済の環境に棲息して、その生活の安定―幸福の増進を期待するなれば、何としても優良品廉価主義にならなくてはならぬ。」

 "良いものを安く"、これこそトヨタやキヤノンなど現在の輸出産業が目指しているところである。しかし、今日でも農業界は、外国から農産物が輸入されるときは国産の価格が高く価格競争力がないので関税が必要だと主張するのに、日本の農産物を輸出するときは品質が良ければ売れるはずだと言い、価格競争力の重要性を認識しない。精神が分裂しているのである。人口減少や高齢化で国内市場が縮小する中では、輸出するしかない。そして国際市場で競争していくためには、西原の主張する"優良品廉価主義"が欠かせない。

 大規模な農地の交換分合等を積極的に行った結果、貧しかった雲原村は、活気のある村となった。コストの削減による所得向上である。戦前は、近衛文麿、小磯国昭らが同村を訪問して成果をたたえ、戦後はGHQに日本農村のモデルだと評価された。