メディア掲載  グローバルエコノミー  2018.08.13

トランプの貿易戦争は終わらない-大統領はビジネスマンを自負している。外交・安保は譲っても、通商・貿易は譲らない-

WEBRONZA に掲載(2018年7月29日付)
プーチン相手におどおどしたトランプ

 世界の貿易戦争に歯止めはかかるのか。アルゼンチンで7月21日~22日に開かれたG20財務大臣・中央銀行総裁会議が注目されたが、大方の予想通りさしたる成果もなかった。

 当然だろう。今回の貿易戦争を仕掛けているのは、アメリカのトランプ大統領だ。彼がやめると言わない限り、貿易戦争は終わらない。G20に参加したムニューシン米財務長官に権限はない。

 7月16日、トランプ大統領がロシアのプーチン大統領と会談した際の記者会見やこれを巡るアメリカ国内の混乱が、トランプ政権の正常ではない意思決定のやり方を際立たせることになった。この事件と対比しながら、貿易問題に関するトランプ大統領の今後の対応を予想してみよう。

 そもそも、このプーチンとの会談自体、トランプが米政権内の反対を押し切って強行したものだった。米朝会談と異なり、30分以上もトランプを待たせた後で現れたプーチンの余裕たっぷりの態度とは対照的に、トランプのプーチンに媚びるようなおどおどした態度が印象に残った。

 私だけでなく、アメリカの政治学者の友人も同じ印象を受けたようだ。小型犬には高圧的な中型犬が、大型犬の前で神妙にしているようだという喩えをした。アメリカでは、トランプはプーチンに弱みを握られているという噂も信じられているようだ。


トランプの苦しい釈明

 ロシアとの関係では、第一にロシアがクリントン候補者の当選を阻むため2016年の大統領選挙に介入したこと、第二にその際トランプ陣営がロシアと共謀していたのではないかという点に、アメリカ国内の関心が高まっている。

 第一の点は、ロバート・ムラー特別検察官が選挙に介入した容疑で12人のロシア軍情報当局者を起訴しており、行政府や立法府の関係者のほとんどが疑いのないことだとしている。第二の点は、ムラー特別検察官によって捜査中である。なお、トランプ大統領はかねてからこのロシア疑惑を魔女狩りだと批判してきた。

 もちろん、プーチン大統領は記者会見で、ロシアの介入を強く否定した。これを、アメリカの大統領であるトランプが支持したのである。介入自体がないなら、トランプ陣営の関与もないことになるからだろう。

 しかし、与党であるはずの共和党議員からも、自国の情報機関ではなく、敵であるプーチンの言うことを信用するのかという強い批判が出された。このため、帰国後、単に一語を言い間違え、否定するところを肯定してしまっただけだと苦しい釈明をせざるを得なくなった。

 さらに、プーチンは記者会見で、ムラー特別検察官が起訴した12人のロシア軍情報当局者をアメリカの捜査当局に尋問させる代わりに、元駐露アメリカ大使らをロシアの捜査当局に尋問させようと提案した。トランプは直ちに素晴らしい提案だと持ち上げた。良い取引き(ディール)だと評価したのだろう。

 しかし、犯罪の容疑者でもなく、また外交官特権で保護されていたアメリカ人の行為を、外国の捜査機関に尋問させるべきではないことは当然だ。大統領帰国後、当初ホワイトハウスはこの提案を評価していたが、国務省の反対で、最終的には提案を拒否した。


大統領の「独断専行」を政府が「否定」

 そもそも明らかになっているのは、記者会見での二人の発言だけである。他の関係者を入れないで2時間も行われた二人だけの本会談で、どのようなやりとりが行われたかは、情報機関の長であるコーツ国家情報長官でさえ知らされていないと発言している。

 普通であれば、参加者が少ない会談が行われれば、会議に出た者が他の政府関係者にそのやりとりを伝え、政府内での情報共有を図る。外交用語では、これをデブリと言う。テタテ(頭に頭というフランス語に由来)と呼ばれる一対一の首脳同士の会談では、当然デブリが行われるべきなのに、トランプ政権では、このような基本的な確認作業も行われていないようだ。

 さらに、プーチンとの会談がとんでもないものだったという評価がアメリカ国内でなされているのに、トランプ大統領はプーチンを今秋アメリカに招待した。アメリカの情報機関が今後とも選挙に介入するだろうと断言しているロシアの大統領を、中間選挙の直前に招待するというのである。

 しかも、このように重要なことさえ、コーツ国家情報長官には知らされていなかった。コーツは、ホワイトハウスの発表後、報道機関から伝えられて、ようやく知ったのである。トランプ大統領(とその取り巻き)による独断専行だろう。

 正常な政権であれば、重要な意思決定をする場合、政府部内の関係機関の長や大統領補佐官がホワイトハウスに集まり、メリットやデメリットなどを分析し、意見を交えた後、大統領が決断を下す。プーチンとの首脳会談から分ることは、トランプ政権の安全保障政策では、政権内部で十分な分析も意見交換も行わないで、トランプが独断で意思決定をし、それが強い批判を受けたり、混乱を招いたりすれば、政府が否定するというパターンである。


ビジネスマンとしてのメンツ

 トランプが間違った決定をしても、後で修正すれば、ダメージは少ない。しかし、通商・貿易問題では、トランプが政府による「修正」を容認することは期待できないのだ。

 第一に、トランプは、外交や安全保障については、全くの素人だと言うことである。知識も自信もないので、間違ったと思うと修正する。

 これに対し、トランプはビジネスマンを自負しており、通商・貿易問題で意見や政策を撤回・修正することとなれば、メンツが立たない。

 第二に、トランプを除き、アメリカ人のほとんどが、ロシアが2016年の大統領選挙に介入したことは紛れもない事実であり、これを支持したプーチンはアメリカの敵だと考えている。つまり、外交・安全保障問題で、アメリカの世論はトランプを支持していない。

 しかし、通商・貿易問題では、トランプはラストベルト地帯の白人労働者等から強い支持を得ている。貿易や移民によって雇用が脅かされることを争点にして、トランプは大統領選挙で勝利した。これが、トランプが信じる政権の正統性の拠り所なのだ。これを疑うことは、政権の正統性を否定することに他ならない。


トランプ支持者が雇用を失い離れるまで

 共和党の支持者の9割がトランプを支持している。これは湾岸戦争後のブッシュ父大統領以来の高い支持率である。トランプ大統領の支持率40%は歴代大統領の中では低いものの、この支持は岩盤のように固い。今回のプーチンとの会談後の混乱も、トランプ大統領の支持率にいささかも影響していない。民主党の支持者ですら、この支持があれば、2020年の大統領選挙でトランプが再選されるかもしれないと考え出している。

 外交・安全保障と同様、トランプは通商・貿易問題でも独断で決定する。補佐官も諫言すれば、トランプの不興を買い、遠ざけられるだけだと考えているので、正しいことも言えない(しかも、残念なことに、通商・貿易では外交・安全保障に比べ補佐官に人を得ていないようだ)。

 しかし、外交・安全保障と異なり、共和党支持者からの固い支持がある限り、外国のリーダーからはもちろん、国内の政治・経済のリーダーたちから強い批判を受けたとしても、トランプが通商・貿易問題で意見を変えることはない(国内の自動車業界が反対したとしても、当初方針通り自動車の関税を引き上げるのではないだろうか)。

 いくら外交・安全保障で失敗を重ねたとしても、貿易や移民についてのトランプ政権の政策でアメリカの雇用が守られるのだと有権者が信じる限り、トランプへの支持は固い。仮にトランプが意見を変えるとすれば、トランプの通商・貿易政策により、かえってアメリカの雇用が大きく減少し、トランプに対する有権者の支持自体が揺らぐときである。

 それは、今年の中間選挙の前なのだろうか、それとも2020年の大統領選挙以降になるのだろうか?