メディア掲載  グローバルエコノミー  2018.07.26

日本はタナボタ? 米欧の自動車関税回避策-新たに浮上した米欧対立回避策で最も利益を受けるのは日本になりそうだが...-

WEBRONZA に掲載(2018年7月12日付)
米欧、歩み寄りの動き

 アメリカとEUの間で、自動車関税を巡る対立を打開する動きが出てきた。

 欧米メディアによると、アメリカが導入しようとしている自動車関税を回避するため、EUは海外の有志国(日本、韓国、カナダ、メキシコ等)と連携してアメリカと自動車関税協定を締結するという打開策を模索している一方、トランプ大統領に近いアメリカの駐ドイツ大使もアメリカとEUの自動車関税を相互に撤廃することをドイツの自動車大手首脳に提案した(7月6日付日本経済新聞)。

 アメリカの自動車関税は2.5%なのにEUは10%。トランプ政権はこの差を問題視している。EUは、ピックアップトラックやバンなどにアメリカは25%もの関税をかけているのでEUの自動車関税だけが高いわけではないと反論しているが、アメリカとの貿易紛争を打開するためには、何らかの譲歩が必要と考え始めているようだ。

 ただし、アメリカが自国の自動車産業が重視するピックアップトラックを関税撤廃の対象とすることに難色を示す可能性があり、この提案の実現へのハードルは高いと日本経済新聞は分析している。


プルリ協定とは?

 EUが念頭に置いているのは、特定の分野で特定の国だけが参加する「プルリ(複数国間)協定」と言われるものである。

 過去のガット多国間通商交渉では、貿易ルールの分野(東京ラウンドでの非関税障壁である基準・認証に関する協定など)や政府調達の協定(ウルグァイ・ラウンド等)等について、プルリ協定が結ばれてきたことがある(ウルグァイ・ラウンド交渉では、政府調達等を除き、関税などの市場アクセス、基準・認証、補助金等のルールの分野、サービスという新分野も含め、全交渉参加国が合意内容を一括して受諾した。これを"シングル・アンダーテイキング"と言う)。

 しかし、モノの関税交渉では(交渉過程はともかく、法律的な最終合意文書となる協定では)、対象分野を限定することなく、全ての国が関税削減の約束文書("譲許表"という)を提出して、貿易自由化の合意が行われてきた。「全ての分野、全ての加盟国の参加」が原則だった。

 ところが、ガットに代わり1995年に発足したWTOでは、様々な発展段階や異なる利益を持つ多数の国がメンバーとなり、途上国代表を自認するインドや中国の発言が高まった。このため、アメリカ、EU、日本などの先進国を中心に取りまとめた案をもとに全ての参加国が合意するという従来の形が取れなくなり、ルールだけではなく関税交渉についても、特定分野について野心的な目標を共有する国だけが参加して合意せざるをえなくなった(シングル・アンダーテイキングは困難となった)。

 こうして結ばれたのが、プルリ協定である、デジタル製品の関税を撤廃したWTOの情報技術協定(ITA)である。


非参加国も「ただ乗り」

 もちろん、アメリカとEUが全ての分野を対象とした自由貿易協定(FTA)を結べば、この両国間では自動車だけでなく多くの物品の関税は撤廃される。それには時間がかかるので、自動車関税についてのプルリ協定を検討することになったと思われる。

 しかし、プルリ協定といえども、どの国にも同じ関税やルールを適用するというWTOの最恵国待遇という基本原則の下にある(法律的には、ITA参加国はWTOへの譲許表を修正するという手続きを採った)。

 例えば、プルリ協定に参加する国(日本、アメリカ、EU)が自動車関税の撤廃に合意した場合、それはプルリ協定に参加する国だけではなく、韓国や中国を含め、すべてのWTO加盟国に対して自動車関税を撤廃しなければならない。韓国や中国などのプルリ協定非参加国は自国の自動車関税を撤廃しなくても、日本、アメリカ、EUの自動車関税撤廃の利益を受けることになる。ある意味、これは"ただ乗り"である。

 実は、TPPなどの自由貿易協定はガット・WTO協定上最恵国待遇原則の例外とされているので、協定参加国以外には協定と同じ内容を適用しなくてもよいが、プルリ協定はそうではないのである。

 ドイツのメルケル首相が、アメリカと関税引き下げの交渉に応じる用意があるとしつつ、WTOのルール上はアメリカ以外の国も対象とすることが必要だと述べているのは、この趣旨だろう(アメリカやEUの自動車関税はWTOへの関税譲許表にゼロと記載される)。


「最大の受益者」は日本

 日EUの自由貿易協定でEUの自動車関税は8年かけて撤廃されることになるので、もしEUが提案しているプルリ協定でこれより短い期間で関税が撤廃されるのであれば、このプルリ協定により日本はメリットを受ける。

 日本がより有利となるのはアメリカ市場である。TPP交渉では、アメリカ自動車業界の強い抵抗により、乗用車の2.5%の関税は25年をかけて段階的に撤廃、25%のピックアップトラックなどの関税は29年維持して30年目にやっと撤廃することが合意された。だがトランプ政権のTPP脱退により、この合意もなくなっている。プルリ協定でアメリカの関税が撤廃されれば、日本の自動車業界は大きな利益を受ける。

 重要なのは、日本はプルリ協定に参加しなくてもWTOの最恵国待遇により利益を受けるということである。もちろん、プルリ協定に参加しても、日本の自動車関税はすでにゼロになっているので、追加的な義務は負わない。参加してもしなくても利益を受けるだけである。

 EU提案の最大の受益者は日本ということになるかもしれない。逆に言うと、それがEU提案の最大のハードルなのかもしれない。あるいは、これを考慮して、現在頓挫しているアメリカとEU間の自由貿易協定交渉(TTIP)が加速されることになるのかもしれない。