メディア掲載  グローバルエコノミー  2018.07.17

ハーレーに激怒、トランプの自業自得-EU向け生産を米国外へ。オートバイで起きたことは自動車でも起きる-

WEBRONZA に掲載(2018年7月2日付)
関税引きあげの玉突き

 トランプ政権の鉄鋼・アルミの関税引き上げへの対抗措置として、EUはアメリカから輸出されるハーレーダビッドソンのオートバイなどの関税を引き上げた。ハーレーダビッドソンは、アメリカで生産してEUへ輸出すると関税が6%から31%に引き上げられて採算が合わなくなるとして、EU向けの生産をアメリカ以外の地域に移転すると発表した。

 これまでハーレーダビッドソンを持ち上げてきたトランプ大統領は怒り心頭だ。「もし海外に生産を移すなら、ハーレーダビッドソンの終わりの始まりだ。オーラは失われた。これまでにないくらいに税金をとってやる」と攻撃している。さらに、EUに対しても、自動車の関税を20%(現在は2.5%)に引き上げると、脅している。

 ハーレーダビッドソンの行動は、もとはと言えば、トランプ政権の鉄鋼・アルミの関税引き上げに原因がある。これは、トランプ政権が各国に何らの代償措置の提供もなく、一方的に導入したものだ。

 このようなことをしても、影響を受ける国は、アメリカの威光の前に泣き寝入りをするとでも思ったのだろうか?

 通常の政権であれば、相手国の対応を考えながら政策を立案する。その対応によって、自国に大きな被害が生じると考えるのであれば、その政策の検討を中止するだろう。

 トランプ政権は、これまでのアメリカのどの政権とも異なるようだ。


「中国脅威論者」ナバロ大統領補佐官が主導

 鉄鋼・アルミから対中国の関税引き上げまで、一連の通商政策を主導していると思われるのが、ナバロ大統領補佐官である。

 彼は、中国の経済活動によってアメリカの雇用や経済が滅ぼされるという中国脅威論を主張してきた人物である。カリフォルニア大学アーヴァイン校の教授であり、2016年の大統領選挙期間中は、トランプ候補を支持する唯一の経済学者であると言われていた。

 鉄鋼・アルミの関税引き上げも、中国が鉄鋼の過剰生産をしたから、世界の鉄鋼価格が低下したことを理由としているので、一連の関税引き上げは、中国脅威論を唱えるナバロ大統領補佐官の主張が反映していると考えられる。

 彼は、大統領選挙前アメリカPBSテレビのインタビューで「GDP=消費+投資+政府支出+(輸出-輸入)」という恒等式を示し、輸出を増やし、輸入を減らせば、GDPは増加するのだと主張していた。彼が通商政策の中心となっているトランプ政権では、アメリカが関税を引き上げ、輸入を減少させれば、GDPは増加すると考えられているのだろう。


同じことは自動車業界でも起きる

 アメリカの政策が世界の国にリアクションを生じさせないのであれば、そうかもしれない。しかし、ナバロ大統領補佐官の議論の土俵に乗ったとしても、影響を受ける国が、対抗措置としてアメリカからの輸入に関税をかければ、アメリカの輸出は減少して、GDPはその分減少する。

 それだけではない。関税引き上げは、鉄鋼・アルミの国内価格を引き上げ、それを原材料として使用する産業のコストを上昇させ、競争力を低下させる。ハーレーダビッドソンは、EUがオートバイの関税を引き上げる以前に、アメリカ国内での生産に問題を抱えていたはずだ。

 鉄鋼・アルミの関税は引き上げられても、アメリカでのオートバイの関税は上げられないので、ハーレーダビッドソンは、安い値段の鉄鋼・アルミを使ってアメリカへ輸出する他の国のオートバイメーカーとの競争が厳しくなる。また、高い鉄鋼・アルミを使うので、EUなど世界の市場でも競争が困難となる。EUのオートバイ関税の引き上げは、これに追い打ちをかけただけである。

 トランプ大統領が我慢しろと言うなら、彼はハーレーダビッドソンに鉄鋼・アルミの関税引き上げを相殺するだけの補助金を与えるべきだった。GDPについても、鉄鋼やアルミの輸入は減少するかもしれないが、アメリカのオートバイや自動車等の産業の競争力は低下するので、その輸出は減少し、輸入は増加する。これはGDPを減少させる。

 経済の一分野で起きた現象は他の分野にも影響を与える。自動車会社が生産を増やそうとすると、原材料の鉄板、電気製品の生産も増える。それがまた次に波及する。トランプ政権はこの当然のことを理解しているのだろうか?

 中国は、知的財産権の侵害を理由にアメリカが500億ドルの中国製品に25%の関税を追加すると発表したことへの対抗措置として、自動車や農産品など同額のアメリカ製品に同率の追加関税を課すと発表した。これ自体はまだ発動されていないが、中国の輸入業者がアメリカ産大豆の取引をキャンセルしたことから、アメリカの港から積み出される大豆の値段はトンあたり349ドルで、ブラジルからの大豆398ドルを12%下回るようになっている。

 ロス商務長官は、アメリカの対中輸出額の方が中国の対米輸出額よりも小さいので、報復合戦になると中国の方が先に弾切れになるという趣旨の発言をしている。しかし、同額の輸入額に報復するという決まりがあるわけではない。アメリカが25%の追加関税を課すのであれば、中国はより少ない輸入額のアメリカ産品に50%の関税を課すことは可能である。

 他方で、ハーレーダビッドソンの従業員のトランプ支持者は、むしろEUや会社の対応を批判しており、トランプ支持に揺らぎはない。少なくとも、秋の中間選挙まで、トランプ大統領は強硬な通商政策を維持しようとするだろう。むしろ強硬であるほど、支持を固めることができると考えているだろう。

 ハーレーダビッドソンで起きたことは、同じような状況に置かれている自動車業界にも起こりうる。中国が対抗措置として自動車の関税を大幅に引き上げるとき、アメリカの自動車業界はどう反応するだろうか? トランプ大統領を恐れて、ひたすら我慢するのだろうか?