メディア掲載  グローバルエコノミー  2018.06.01

農業が自由貿易を救う

商工ジャーナル 2018年6月号掲載

 昨年の大統領就任直後のTPP脱退表明から一転、4月トランプ大統領は、アメリカにとって条件が良くなるならTPPに復帰することを検討するよう、国家経済会議委員長と通商代表に指示したと、発言した。

 トランプ氏を大統領に押し上げたのは、選挙戦での反自由貿易の主張だった。2016年の大統領選挙では、民主党の候補者を決める予備選段階から、サンダース上院議員がTPPから撤退すべきだと主張して広範な支持を集め、クリントン氏を脅かした。TPP反対のプラカードが民主党大会を埋め尽くした。

 本選挙になると、共和党候補のトランプ氏が、TPPから即時撤退する、雇用を奪ったNAFTA(北米自由貿易協定)を再交渉する、日本がネブラスカの牛肉に38%の関税をかけるなら日本車にも38%の関税をかける、とかの、発言を行い、クリントン氏に攻勢をかけた。自由貿易を標榜してきた共和党の候補者が、反自由貿易を唱えるのは1936年以来だった。反自由貿易の主張で勝ち取った、ミシガン、オハイオ、ペンシルベニア等のラスト(錆びた)ベルトと呼ばれる地域での支持は、トランプ氏の大統領選勝利に大きく貢献した。

 にもかかわらず、今回TPP復帰という大方針転換が行われた。その直接的な動機は、日本の農産物市場の重要性である。TPP離脱に反対する農民票が共和党から離反すれば、今年11月の議会選挙でトランプ氏の与党・共和党は敗北する。

 自由貿易協定の本質は参加しないとデメリットを受けるという"差別"である。オバマ政権下でTPP協定の連邦議会承認が困難となった2016年夏から、私はアメリカ抜きのTPP(11か国が参加するので"TPP11"と言う)を主張した。TPP11を先行させれば、アメリカが38.5%の関税を払わなければ日本に牛肉を輸出できないのに、カナダ、豪州は9%の関税を払うだけでよい。同じことが、小麦、豚肉、ワイン、乳製品等で起きる。アメリカの農産物は日本市場から駆逐される。日本がワイン、豚肉、チーズなどの輸出国であるEUとも自由貿易協定を結べば、なおのことである。TPP11は"差別"されるアメリカにTPPへの復帰を促す最良の手段となる。

 2016年から2017年3月にかけて「アメリカ抜きのTPPは意味がない」と主張する安倍首相等に対し、「アメリカ抜きのTPPはアメリカをTPPに復帰させるための唯一の手段である」と私は反論した。現に訪米した安倍首相が自由貿易の重要性を強調するだけでは、トランプ氏はTPP脱退から翻意しなかった。

 日米FTA交渉を求めるというトランプ氏の方針が明らかになったとき、日本政府は方針を変更した。同交渉でアメリカからTPP交渉以上の農産物関税削減を求められるよりは、私の主張どおりTPP11を先行させ、アメリカが強く出られないようにと考えたのだ。

 奇妙な話だが、農業保護によって日本の農産物の関税が高いことが、日米両国政府にTPP復帰への検討を行わせ、自由貿易を救ったのだ。