メディア掲載 財政・社会保障制度 2018.05.30
日本財政は現状でも厳しいが、2025年、団塊の世代すべてが75歳以上の後期高齢者となり、医療・介護費の膨張圧力が増すために一層厳しくなる。このような状況のなか、財政の持続可能性を高めるため、政府・与党は、今年(2018年)6月頃にまとめる骨太方針(経済財政運営と改革の基本方針)で、新たな財政再建計画を策定する予定である。
争点の一つは、国と地方を合わせた基礎的財政収支(PB:プライマリーバランス)の黒字化目標の達成時期をいつに定めるかというものだが、膨張する医療費管理の自動調整メカニズムなどにも関心が高まっている。
医療費の自動調整メカニズムとして、財務省は自己負担の増減で対応することを提案しているが、医療・介護費の抑制について、筆者は診療報酬等の自動調整で対応したほうが良いと考えており、5月上旬に開催された自民党・財政再建に関する特命委員会の「財政構造のあり方検討小委員会」でもその説明を行った。理由は以下の通りである。
第1は、要対応額の規模である。財務省の財政制度等審議会財政制度分科会が起草検討委員の提出というかたちで公表した「我が国の財政に関する長期推計(改訂版)」(平成30年4月6日)によると、医療給付・介護給付費(対GDP)は、2020年度頃に約9%であったものが、2060年度頃には約14%に上昇する。医療・介護費の合計は40年間で約5%上昇する。名目GDPが550兆円とすると、これは約28兆円に相当する。今の医療・介護費は約50兆円で、その5割以上の規模である。
第2は、自己負担による調整の限界である。まず、医療費の窓口負担(自己負担)は、75歳以上の者は1割(現役並み所得者は3割)、 70歳から74歳までの者は2割(現役並み所得者は3割)、現役世代を中心とする 70歳未満の者は3割、6歳(義務教育就学前)未満の者は2割で、基本的に年齢別となっている。このほか、同一の月にかかった医療費の自己負担額が高額になった場合、自己負担限度額(平均的サラリーマンの場合は約9万円)を超えた分が、後日払い戻されるという「高額療養費制度」が存在する。
医療費の自己負担は、これらを考慮したものであるが、現在の国民医療費は約40兆円で、そのうち自己負担(患者負担)は約5兆円となっている。残りは保険料と公費で賄っており、国民医療費を100%とすると、高額療養費制度の影響を含めて自己負担は約12%となっている。
では、現在の自己負担を2倍にすると、いくらの財源が確保できるのか。国民医療費は約40兆円で、そのうちの約12%の5兆円が自己負担であるから、大雑把にみても約5兆円である。しかしながら、自己負担限度額を定める高額療養費制度が存在するため、5兆円よりも少ない額となる可能性が高い。約28兆円もの要対応額の1割にも満たない可能性もある。
第3は、「財政的リスク保護」(financial risk protection)との関係である。財政的リスク保護とは、公的医療保険が担う最も重要な役割の一つで、簡潔にいうならば、偶発的な重度の疾病に対する治療のために家計が破綻したり困窮したりすることを防ぐ機能である。医療保険改革を行う場合、家計の所得・資産や医療負担に関する分布などを把握した上で、財政的リスク保護が機能するか否か、しっかり見定めた上で改革を進める必要がある。
高所得層においては、高額療養費制度の自己負担限度額を見直す方法も考えられるが、年収1000万円の高所得家計でも、数百万円の自己負担を支払う事態に陥ったら、もはや「保険」の意味はなく、家計が破綻してしまうケースもあろう。このため、財政的リスク保護を考慮すると、自己負担にも限界が出てくる。
もっとも、高齢世代にも現役世代にも、生活に余裕がある家計と余裕がない家計があり、「負担できる者が負担する」という原則こそがあるべき姿であり、現在の年齢差別的な「窓口負担」を改め、応能負担別の「窓口負担」に変更することは極めて重要である。例えば、年齢によらず、一律に「窓口負担」を3割とし、マイナンバー制度などを利用しつつ、所得や資産に応じて、生活に余裕がない家計の負担を1割や2割とする方策なども考えられる。
では、膨張する医療費のコントロールをどうすればよいのか。以前から、筆者は、75歳以上の後期高齢者が加入する後期高齢者医療制度において、その診療報酬に自動調整メカニズムを導入することを提案している。医療費管理の自動調整メカニズムは、2004年の年金改革で導入された「マクロ経済スライド」を参考にした仕組みで、それを日本で最初に提案したのは、筆者であると思われる。いわゆる「医療版マクロ経済スライド」だ。
具体的には、75歳以上の診療報酬において、ある診療行為を行った場合に前年度Z点と定めているすべての診療報酬項目の点数を、今年度では「Z・(1-調整率)点」と改定する。自己負担は診療報酬に比例するため、診療報酬を抑制しても75歳以上の自己負担(窓口負担)が基本的に増加することはない。
では、調整率のイメージはどうか。前述の「我が国の財政に関する長期推計(改訂版)」(平成30年4月6日)によると、40年間で医療・介護合計では約5%の上昇のため、1年間の上昇は平均で0.125%であり、その上昇を抑制する調整率は0.125%にすぎない。なお、中長期的にみて、医療機関等への経営に及ぼす影響にも注意する必要があることはいうまでもないが、その影響分については、公的医療保険の一部を民間医療保険でも代替できるようにして、民間医療保険のほうで稼ぐことができる環境整備で対応できるはずだ。
膨張する医療費の管理を診療報酬等の自動調整でなく、自己負担による対応を打ち出している理由は、日本医師会の反発を恐れてのことだと思われる。年齢差別的な「窓口負担」を改め、応能負担別の「窓口負担」に変更することは早急に行う必要があることはいうまでもないが、公的医療保険が担う最も重要な役割の一つは「財政的リスク保護」であり、改革コストのすべてを国民(患者)だけに押し付けることがあってはならない。「膨張する医療費管理の自動調整を何で行うか」といってもさまざまな方式があり、正攻法での改革も検討してみてはどうか。