先週、米中閣僚級貿易協議がワシントンで開催された。中国の米製品「購入大幅増加」で合意したとする共同声明が発表されたが、またかという感じで、相変わらず根本的解決には程遠い。参加した中国副首相は「米中間の貿易戦争は回避された」と述べたが、声明中に中国購入増の具体額は盛り込まれていない。
興味深いことに、最近中国では「1980年代の日本」に対する関心が高まっているという。日米貿易摩擦、プラザ合意、バブル崩壊と失われた20年、今の中国を当時の日本に重ねるのだろうか。現在の米中関係を80年代の日米関係と比較する議論は決して少なくない。最近では日本の元首相や有力エコノミストまでもが中国で「中国は日本から教訓を得るべきだ」であり、トランプ政権の人民元切り上げ圧力に「容易に応じることにはリスクが伴う」とまで述べている。中国のエコノミストが80年代の日本を通じ米中関係と中国の将来を読み取ろうとするのも当然だろう。
確かにプラザ合意の結果、日本当局の予想以上に円高が進行し日本の輸出業者が打撃を被っただけでなく、それが後のバブル崩壊にもつながったとする説は今も有力だ。だが、2010年代の米中貿易戦争を1980年代の日米貿易摩擦と比較して論じるには注意が必要だ。後者は同盟国同士の戦術的対立にすぎないのに対し、前者は東アジアと西太平洋における潜在的敵対国同士の戦略的競争の一局面にすぎないと思うからだ。
その典型例として筆者が重視するのが南シナ海での領有権をめぐる2016年の仲裁裁判所の判断だ。結論は単純、「中国が主張する歴史的権利に法的根拠はない」というものだ。意外にあっけない幕切れである。これに至る経緯を簡単に説明しよう。
●南シナ海の大半は「古代からの中国の領土」であるとする中国の主張に2013年、フィリピンが異を唱えた。
●中国は3年余で実効支配する南シナ海の岩礁を埋め立てて「人工島」を造った。
●裁判所の判断はフィリピン側主張をほとんど認め、北京の国際的メンツは丸潰れとなった。
似たような話は昔なかったか。筆者は同裁判所の判断を読んでとっさに「これは中国にとって現代の『満州事変』になる」と感じた。場所と時間こそ異なるが、アジアの新興大国が、現状を不正義と判断し、力による現状変更を目指して西太平洋における米国の覇権に挑戦する、という構図は日中間で違いはない。
裁判所の判断についても、中国にとっては「現代のリットン調査団報告書」になると直感した。リットン報告書とは「柳条湖事件」が起きた翌年の1932(昭和7)年、当時の中華民国の提訴と日本の提案により国際連盟が派遣した調査団が、3カ月の現地調査を経て提出した報告書のことだ。そこでは「柳条湖事件における日本軍の活動は自衛とは認められず、また、満州国の独立も自発的とはいえない」とされた。当然、日本は強く反発、翌年には国際連盟を脱退し国際的孤立を深めていく。
昔ある米国の思想家は「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」と書いた。今回の裁判所の判断やリットン報告書はまさにそうした「歴史の押韻」の典型例ではないのか。
中国の識者はこうした議論を一蹴する。80年代の日米は特殊なケースだ。現在の中国は当時の日本より高度な自主権を持ち、中国は当時の日本ができなかったことも実行可能だ。中国は日本の過ちを繰り返さない。むしろ、米中共同でグローバルな新秩序を創造していくのだという。要するに中国は特別ということだが、本当にそうなのか。現在の米中貿易戦争を80年代の日米貿易摩擦と比較するだけでは不十分だ。米中貿易関係に戦略的視点を加えない限り、米中関係の将来を正確に見通すことはできないだろう。