メディア掲載  外交・安全保障  2018.05.14

トランプは退場できるか

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2018年5月10日)に掲載

 本稿が掲載される頃には米朝首脳会談の開催日時と場所が発表されているかもしれない。会談が成功するか否かは「お手並み拝見」。英語にも「悪魔は詳細に宿る」という格言がある。衝動的に考え行動する傾向のあるトランプ氏だから何が起きてもおかしくない。そんな声もあるが、筆者の見立てはちょっと違う。

 日本にとって死活的に重要なことは北朝鮮が自らの核兵器・ミサイルを廃棄するか否か、廃棄する場合にはその具体的プロセスが何かだからだ。この点、筆者は米朝首脳会談で金正恩(キム・ジョンウン)氏が正直か不正直か、トランプ氏の判断が正しいか否かに関するマトリックス(行列)分析が有効だと考える。

 具体的シナリオとしては、(1)金氏が正直でトランプ氏の判断も正しい(2)金氏は正直だがトランプ氏が見誤る(3)金氏が嘘をつきトランプ氏が見破る(4)金氏がついた嘘をトランプ氏が信じてしまう場合の4つが考えられる。以上を前提に、現時点での筆者の分析を書こう。以下は政策提言ではなく、あくまで将来起こり得る可能性の分析である。

 (1)首脳会談は成功し、金氏は北朝鮮の「非核化」を約束・実行する。トランプ氏の判断は正しく、その手腕は高く評価されるべきだ。ただし、このシナリオの実現可能性は4つの中で最も低いだろう。

 (2)金氏の非核化約束は誠実だが、トランプ氏は気紛れや内政上の理由でこれを信じない。せっかくの北の誠意は踏みにじられ、世界は歴史的和解のチャンスを失うのだが、これも実現可能性は低いだろう。いくら経済制裁が効果的だとしても、今の北朝鮮が米国に最初から白旗を掲げる可能性は高くないと思うからだ。

 (3)これは米朝双方とも相手の主張を基本的に信用しない場合だ。当然対話の決裂は時間の問題となり、トランプ氏は席を蹴って退場するかもしれない。状況は昨年末の段階まで戻り、今後米朝間に更なる対話の可能性もなくなる。場合によっては米側が「外交的手段は尽きた」と判断するかもしれない。

 (4)金氏が王朝の真の後継者であれば、祖父や父親の戦術を踏襲する可能性が高い。その場合は北朝鮮が主導する条件で「非核化」を進めようとするはずだ。例えば、北朝鮮は核兵器・ミサイルを廃棄する用意があるが、そのプロセスは段階的かつ相互主義的である必要がある、とでも言うだろう。不要な核関連施設を破壊したり、古い研究所の査察を受けても、最終的に北朝鮮が核開発を断念しない可能性は十二分にある。ここで自己愛性人格障害と揶揄(やゆ)されるトランプ氏が、ノーベル平和賞や国際的称賛に目がくらみ、米国本土に届く大陸間弾道弾の開発中止などで妥協するなど、決定的な判断を誤る可能性は否定できない。

 以上は単なる頭の体操である。米朝関係を複雑に考えるのも良いが、たまには単純化してみるのも良いだろう。単純化といえば最後に一言。

 最近、欧米の評論家の一部に米朝首脳会談と12日のイラン核合意に対するトランプ政権の判断を関連させる論調がある。トランプ氏もイラン核合意に関する決断は北朝鮮に「正しいメッセージ」を送ると述べたが、筆者は懐疑的だ。

 確かに北朝鮮もイランも核問題が焦点だが、そもそも金氏がイラン核合意の行方で政策判断を変えるとは思えない。文在寅(ムン・ジェイン)韓国大統領の絶大なる支援もあり、これまでの北朝鮮の戦術は十分功を奏しているからだ。

 それよりも気になるのはトランプ氏の判断だ。南北首脳会談で外堀を埋められメディアの論調まで前のめりになりつつある今、トランプ氏は米朝首脳会談が不調となった場合、本当に退場できるのか。彼が退場できない時は日本外交が正念場を迎えるときだ。