メディア掲載  グローバルエコノミー  2018.04.17

トランプ通商政策を「はさみ撃ち」にしよう-日本政府がやらなければならないのは、適用除外を求めることではない-

WEBRONZA に掲載(2018年3月29日付)
米中貿易戦争の始まり

 トランプ政権は戦後世界各国がこれまで積み上げてきた努力や成果を破壊しようとしている。

 80年代アメリカが発動した通商法301条などの一方的な措置をWTO(世界貿易機関)は否定し、WTOの紛争処理手続きを経なければ、対抗措置を取ってはならないこととした。今回アメリカはこれを無視し、知的財産権の侵害を理由として中国に対して一方的に報復関税を課すことにした。これに対し、中国はアメリカから輸入する豚肉などへ報復関税を課そうとしている。米中貿易戦争の始まりである。これで両国経済が疲弊すれば、影響は我が国にも及ぶ。


失敗した日本への鉄鋼関税の適用除外

 これと同時にアメリカは、自国の通商拡大法第232条を適用し、安全保障を理由として鉄鋼やアルミに対する関税を引き上げる。しかし、北米自由貿易協定(NAFTA)の2国(カナダ、メキシコ)、EU、韓国、オーストラリア、アルゼンチン、ブラジルに対しては、適用しない。

 我が国政府は、日本は同盟国なので適用除外となるよう、アメリカ政府に働きかけていたが、完全な失敗に終わった。

 日本が輸出するような高品質な品目については、まだ適用除外となる道が残されているとし、仮に適用されてもアメリカ産業界は日本製品を買わざるを得ないので影響は少ないと、世耕経済産業大臣は発言しているが、これは負け惜しみに過ぎない。どうせアメリカが買わざるを得ないのなら、適用除外となるよう交渉する必要はなかったからである。

 韓国が適用除外となって日本がならないと言うのは、アメリカは日本を同盟国としては韓国よりも一段下に見ていることとなり、日米関係が何よりも優先すると考えている人たちには、大きなショックだろう。ある意味、日本外交の失敗である。


アメリカの本音と論理破たん

 しかし、適用除外となっている国を見ると、オーストラリア、アルゼンチン、ブラジルは、アメリカが貿易黒字となっている国である。カナダ、メキシコ、EU、韓国については、アメリカは貿易赤字となっているものの、現在通商交渉を行っており、鉄鋼等の関税引き上げ除外と引き換えに何かの譲歩を引き出そうとしている。つまり、貿易赤字国に対して、通商交渉を行い、貿易赤字解消のための譲歩を引き出そうとする意図が見え見えである。

 これが明らかになった以上、適用除外を求めて、大臣がのこのことワシントンくんだりまで行かない方がよい。見返りを求められるだけだ。他方で、ドイツやフランスの首脳は、EUが適用除外になるかもしれないのに、それでもアメリカの鉄鋼等の関税引き上げそのものを自由貿易を脅かすものだと批判している。賢明な対応である。

 なお、ここでは、関税引き上げに使った安全保障という理由づけは、完全に崩壊している。適用除外国の選定基準は安全保障とは全く関係ないからである。また、適用除外とした国はアメリカの鉄鋼輸入の半分以上を占めており、アメリカ鉄鋼業界の救済という効果も怪しくなっている。


日本政府が採ることができる対抗手段

 日本は何ができるのだろうか?

 政府がやらなければならないのは、適用除外を求めることではない。日本が適用除外となったとしても、アメリカに輸出できなくなったその他の国の鉄鋼が世界にあふれ、世界の鉄鋼価格が低下するという影響を日本の鉄鋼業界は受けるからである。さらに、このような交渉は、アメリカの鉄鋼等の関税引き上げが正当であることを前提としている。アメリカの鉄鋼等の関税引き上げ自体まったく不当であり、ガットやWTOの規定に違反している。堂々とWTOに提訴すればよい。完全に勝てる(なお、ガット第21条は戦争状態になっているような危機的な場合にしか発動できないという議論もあるが、これは条文上の根拠もなく誤りである)。

トランプ政権による「世界貿易戦争」突入か?-アメリカの主張にはかなり無理がある。友人の過ちを正すことも真の友人関係だ-

 アメリカが鉄鋼等の関税引き上げを撤回しなければ、日本は他の品目について報復措置を講じることができる。これはWTO上正当なものとして認められる。

 また、EUや中国はWTOの紛争処理手続きを取らないで、対抗措置を講じようとしている。アメリカの措置をガット第21条の措置ではなくセーフガード措置だと位置づければ、それが可能になるからである(ただし、今回の措置は全世界からの輸入を対象とするものではないので、そのような整理には難点がある)。

 こうした手段を採ろうとするときの障害は、アメリカというよりも、日本政府の中のアメリカ第一主義にとらわれた人々である。そんなことをしたら、日米関係がおかしくなるというのが、彼らの主張である。

 しかし、日米関係が日本の安全保障上重要だとしても、アメリカは日本というより彼らが思っているほど、日本のことを考えてくれているわけではない。今回それがよくわかったはずではないだろうか。仮にアメリカが日本を軍事上重要な国だと思っていたとしても、冷戦時代からこれまでアメリカは日本の貿易措置をガットやWTOに訴えてきた。アメリカと同じように、政治と経済は別だと割り切った対応をすべきである。


日本企業が採ることができる対抗手段

 日本の民間企業も対抗手段を講じることができる。鉄鋼やアルミの関税が上がると、高い価格を払わなければならない、自動車、航空機、ビールのケッグなどアメリカの産業が打撃を受ける。

トランプ政権の鉄鋼関税引き上げと経済学

 アメリカで生産活動を行っている日本の企業は、これらのアメリカ企業とともに、アメリカ政府が通商拡大法第232条を不当に適用しているとして、鉄鋼等の関税引き上げ措置の取り消し訴訟をアメリカ国内の裁判所に行うのである。これも、適用除外国を大幅に認めたことや軍需産業への鉄鋼の供給はアメリカの鉄鋼生産の3%に過ぎないことから、勝訴できる。このとき、被害を受けた企業は、アメリカ政府に対して損害賠償を請求できるだろう。


内と外からのトランプ政権「はさみ撃ち」

 アメリカの内からも外からも攻撃されたトランプ政権は、敗北を認めざるを得なくなる。日本の行動によってアメリカに非を認めさせ自由貿易体制が守られることに対して、世界は畏敬の念をもって我が国を迎えることになるだろう。

 他方でアメリカは、国際的な枠組みの中で中国に鉄鋼の過剰生産を止めさせようとしているのだが、一向に効き目がないことに不満を持っている。そのような不満に他の国も同調することができるのであれば、他国を経由して輸入されるものを含め中国製の鉄鋼等に対して、日本、アメリカ、EU等が協調してアンチダンピング措置をとることを検討してはどうだろうか?孤立したアメリカに救いの手を差し伸べることになる。