メディア掲載  外交・安全保障  2018.03.30

「選挙」に回帰?トランプ政権

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2018年3月29日)に掲載

 彼の予測不能性・不確実性ほど予測しやすいものはない。彼とはもちろん、トランプ氏のこと。1年前、本稿で政治家トランプが変身する可能性を書いた。当時筆者は今より楽観的だった。化学兵器を使用したシリアに米国は巡航ミサイルを撃ち込む。選挙モードのトランプ1.0が政権維持のため、統治モードのトランプ2.0に変わり始めたのではないか。その後同政権はより現実的な政策を志向し始めた。少なくとも、筆者にはそう思えた。例えば...。

 マクマスター陸軍中将が国家安全保障担当補佐官に、ケリー元海兵隊大将が国土安全保障長官からホワイトハウスの首席補佐官に就任した▽ケリー補佐官はバノン首席戦略官を解任し、イバンカ夫妻の特権を剥奪し、トランプ氏のホワイトハウスに秩序と規律をもたらした。

 外交面では、アジア外遊でインド太平洋戦略を提唱、NATO(北大西洋条約機構)の重要性を再確認し、イラン核合意を維持した▽ロシアゲート関連ではコミーFBI(米連邦捜査局)長官解任後に任命されたモラー特別検察官を解任せず捜査にも協力した▽貿易面ではTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)を脱退、NAFTA(北米自由貿易協定)再交渉を主張したものの、穏健派コーン国家経済会議委員長を重用、中国に一方的関税を課さなかった。

 もちろん、これでトランプ氏が2.0にバージョンアップしたわけではないが、今年に入ってトランプ政権は懸案の減税法案も成立させた。結構やるじゃないか...。以上が今月上旬、米中西部・西海岸に出張する前の分析だったが、この見通しが甘かったことを出張中に思い知った。同8日、サンフランシスコに着いたら東京から電話が殺到した。理由はトランプ氏の米朝首脳会談受け入れ発言だが、筆者はあまり驚かなかった。北朝鮮が米朝首脳会談を欲していることは明白だが当時の米内政を知ればトランプ氏の行動は十分予測可能だった。

 その週トランプ氏は月曜から四面楚歌。ロシアゲート捜査が進み、交際が噂されたポルノ女優への金銭支払い問題が再燃、コーン委員長が鉄鋼アルミ関税問題で辞任し、多くの同盟国がこの決定を批判し始めたのだ。

 案の定、トランプ氏はお得意の衝動的・素人的独断でメディアの批判をそらす「目くらまし戦術」に出た。今回は偶然北朝鮮だっただけ。米外交安保チームは寝耳に水、説明した韓国高官も驚いたのではないか。この週からトランプ氏は急速に1.0に戻り始める。具体的には...。


●翌9日、トランプ氏は2020年大統領選スローガンを「偉大な米国の維持」と決め、今月13日のペンシルベニア州下院補選に向け選挙キャンペーンを強化した。

●ティラーソン国務長官、マクマスター補佐官を解任し、後任に対外強硬派のポンペオCIA(米中央情報局)長官とボルトン元国連大使を指名した。

●貿易問題ではコーン委員長の後を受け、対中強硬派のナバロ通商製造政策局長が影響力を拡大しつつある。

●愛人醜聞が表面化しロシアゲート捜査も進む現在、トランプ氏は特別検察官の解任を真剣に検討中とも噂される。万一解任すれば、議会共和党の猛反発は不可避だろう。


 要するに、トランプ氏は11月の中間選挙だけでなく、2020年の再選に向け、選挙モード1.0に回帰しつつあるのだ。気の早い内外メディアは米朝会談の場所や内容を予測し始めた。

 しかし、首脳会談実現の可否よりも筆者が懸念するのは、先祖返りしたトランプ氏がより強硬で妥協を嫌う側近たちとともに外交安保政策を立案・実行する可能性だろう。日本には一種の国難。こんな時に日本の国会は「文書書き換え」の証人喚問に明け暮れている。現状認識が違うと思うのだが、物言えば唇寒し、なのか。