メディア掲載  グローバルエコノミー  2018.03.22

トランプ政権による「世界貿易戦争」突入か?-アメリカの主張にはかなり無理がある。友人の過ちを正すことも真の友人関係だ-

WEBRONZA に掲載(2018年3月7日付)
無理筋な主張

 トランプ大統領は3月1日、鉄鋼には25%、アルミニウムには10%の輸入関税を課すと発言した。戦闘機や軍艦の製造に使われる鉄鋼やアルミニウムが、中国で過剰に生産されて国際的に価格が下落し、各国から不当に安く輸入されているとして、アメリカの国内法(通商拡大法第232条)を根拠として、安全保障への脅威を理由に、大統領権限で行う異例の輸入制限措置を発動すると言うのだ。2日には、この措置は中国だけでなく、日本を含め全世界からの輸入を対象とするという方針が示された。

 安く輸入されることが安全保障を脅かすとはわかりにくいが、中国等からの安い輸入によってアメリカの鉄鋼業界が衰退すれば、軍事産業への鉄鋼等の供給ができなくなると言っているのだ。

 しかし、国内の鉄鋼業界がなくなっても、安い輸入が継続されるのであれば、軍事産業への供給が途絶えることはない。中国と戦争状態になっても、日本、EU、カナダ等から輸入できる。しかも、アメリカ商務省の調査によると、安全保障に必要な鉄は国内の鉄鋼業生産量の3%(今回の商務省調査、2001年調査では0.03%)に過ぎない。

 トランプ政権の主張はかなり無理筋である。安全保障を理由としているが、本音は11月の連邦議会選挙を控え、ラストベルト地帯の鉄鋼業界等を保護するという姿勢を示したいことは明白である。


WTOで正当化困難な措置

 今回の措置は国内法に基づくものであるが、アメリカもWTO加盟国である以上、この措置をWTO(世界貿易機関)協定の規定によって正当化しなければならない。その唯一のよりどころは、WTO協定中のガット第21条(安全保障のための例外)である。

 この規定は、その要件に当てはまる措置であれば、ガットの様々な義務(約束した関税―アメリカの鉄鋼等については関税ゼロ―以上の関税は課してはならない、輸入数量制限は禁止される等)から免除されるというものである。具体的には、鉄鋼等の関税をアメリカはゼロでWTOに約束しているが、それ以上に引き上げることが可能になる。

 その要件の中で、今回の措置が該当する可能性があると思われるのは、「自国の安全保障上の重大な利益の保護のために必要であると認められる――武器、弾薬及び軍需品の取引並びに軍事施設に供給するため直接または間接に行われるその他の貨物及び原料の取引に関する措置」である。おそらくアメリカは、鉄鋼やアルミは「間接に行われるその他の貨物及び原料」に該当すると主張するのだろう。

 しかし、仮にそれに該当するとしても、「重大な利益の保護のために必要である」という要件も満たさなければならない。この「必要である」という要件は、同じくガット義務の例外を認めたガット第20条では、「合理的に利用可能な他により貿易制限的でない代替手段がないこと」と厳しく解釈され、事実上この規定による例外を認めないように運用されてきた。

 先ほど述べたように、中国以外の国からも輸入できるし、安全保障が必要ならアメリカの鉄鋼業の3%の生産を維持するだけでよい。とても、この要件を満たすとは思われない。安全保障という目的を達成する以上の、過剰な貿易制限措置と判断されるだろう。

 常識的にも国内産業がないと安全保障上の重大な利益が損なわれると主張することは難しいだろう。アメリカと同様の主張を行った国は他にもある。WTOの前身のガット時代、スウェーデンは軍靴の供給のため靴産業が必要だとして靴の輸入制限を行っていたが、ガットに訴えられ敗訴している。

 このようなことが認められるのであれば、我が国の米も「軍事施設に供給するため直接または間接に行われるその他の貨物及び原料」であり、軍隊に兵糧の供給が必要だとして米の輸入制限も堂々と認められることになる。米に限らず、すべての物資が安全保障のために必要だということになりかねない。これは際限のない輸入制限を招くことになる。

 また、従来アメリカはガット第21条に該当するかどうかは、その国が判断することでガットやWTOが判断すべきではないと主張してきた。WTO 成立後ガット第21条が争われたケースはないが、WTOの紛争処理機関は、このような主張や今回のような措置のWTO整合性を認めないだろう。安全保障上の重大な利益と宣言した途端、WTOの規定を無視した措置が導入できてしまう。これは、手続き及び内容の両面でWTOの否定につながりかねない。


切羽詰まったアメリカ

 では、アメリカはどうして安全保障を理由にWTO上正当化されない措置を採ろうとしたのだろうか。それ以外に鉄鋼等の業界を保護する方法はないのだろうか?

 中国が不当に安く鉄鋼を輸出していると言うのであれば、特定の国に対するアンチ・ダンピング措置を講じることが考えられる。アンチ・ダンピングとは輸出企業が正常な価格よりも安く輸出する場合、輸入国企業に実質的な損害が生じれば輸入国は関税の引き上げを行うことができるというものである。

 これまでアメリカは国内産業保護のため、アンチ・ダンピング措置を乱用してきた。同時にこれらの措置がWTO協定に違反するとして訴えられてもきた。中国が正常な価格よりも安く輸出しているかどうかという立証は難しい。しかも、今回は中国が世界価格より安く輸出していることではなく、中国の過剰生産で世界の鉄鋼価格が低下していることを問題視している。

 また、これまでも中国はアメリカからアンチ・ダンピング措置を打たれないように、ベトナム、ブラジルなどの他の国を迂回することでアメリカに鉄鋼等を輸出している。アメリカの鉄鋼輸入に占める中国のシェアは2.1%(日本は5%)に過ぎない。アンチ・ダンピング措置には限界がある。

 次に、輸入急増の場合の措置としてセーフガードがある。これはアンチ・ダンピングと異なり、特定の国だけをターゲットにすることは許されず、全世界からの輸入に高い関税等を課すものである。しかし、セーフガードは調査により国内産業への重大な損害又はその恐れがあると認定されたときに限られるし、発動後一定期間は再発動を禁止される。

 さらに、関係国(輸出国)との間でセーフガードによる譲許(約束)税率の引き上げを補償するため、実質的に同等のレベルの譲許を維持することが要求され、もし協議不調の場合輸出国はこれに相当する自国の譲許を自由に停止することができるとされている(ガット第19条第3項及びセーフガード協定第8条第2項)。

 つまり、ガット・WTOは利益の均衡を図るという考え方に立っているので、鉄鋼の関税を引き上げるのであれば、中国だけでなく、日本やEU等の国に対しても、それらの国からの別の品目の輸入関税をアメリカは引き下げなければならなくなる。日本について、これが自動車であれば、アメリカは鉄鋼業界のために自動車業界を差し出す形となる。しかし、日本車の関税を下げることはアメリカの自動車業界が反対する。

 アメリカがこれをしなければ、中国や日本はアメリカの措置に見合うような関税約束を撤回できる。アメリカが輸出する大豆や牛肉の関税を引き上げることができる。今度はアメリカの農業界が被害を受ける。要するに、鉄鋼業界を保護したいのなら、その代償を差し出したり受け入れたりする必要があるのである。このような流れはトランプ政権の意図するものではない。

 つまり、アンチ・ダンピングもセーフガードも採れない。だから安全保障の規定にすがるしかなかったのだろう。


貿易戦争勃発?

 アメリカが鉄鋼等の関税を上げると、鉄鋼等を使用するアメリカの自動車産業や航空機産業の競争力が弱まり、アメリカ経済自身が疲弊する。また、高関税の負担をするのは、最終的にはアメリカの消費者である。アメリカ人が好む言葉を使うと、自分で自分の足を撃つようなことをしてしまうのだ。

 それだけではなく、アメリカの措置はWTO違反だとして、中国だけでなく、アメリカに鉄鋼を輸出している日本、EU、韓国、カナダ、メキシコ、ブラジル、インド等もWTOに提訴するだろう。アメリカは世界を相手に貿易戦争を行うことになる。敗訴したアメリカが措置を是正しなければ、提訴国はアメリカに関税引き上げなどの報復措置を打つことが可能になる。

 EUはハーレイダビッドソンのバイク、リーバイスのジーンズ、バーボンなどを報復措置の対象としようとしている。これに対してトランプ大統領は、そんなことをするならEUから輸入される自動車の関税を引き上げると主張している。これは貿易戦争の勃発であり、世界経済を縮小させてしまう。トランプ大統領の発言を受けて株式市場が暴落したのも、このような危険を市場が察知したからだろう。

 トランプ大統領と親密な関係にある安倍総理はどうするのだろう。世耕経済産業大臣は同盟国である日本は対象にしないでほしいと発言したが、それだけでよいのだろうか。

 世界各国の動きをみると、EUだけでなく、アメリカへの鉄鋼の最大の輸出国であるカナダの首相がトランプ大統領の措置を非難しただけではない。同じくアメリカの同盟国であるオーストラリアの首相も、同国のアメリカへの鉄鋼輸出はほとんどないのに、自由貿易こそが成長をもたらすものであり、保護貿易というシャベルで産業を救い上げようとしているが、逆にシャベルで大きな穴を掘ろうとするものだと、強い口調でトランプ大統領を非難している。

 自国の利益からではなく、原理(プリンシプル)や主義(コーズ)に基づく優れた主張である。理念を主張できる者こそ政治的リーダーの資格がある。また、世界の自由貿易体制の維持のために、一時的に嫌われるとしても、世界貿易戦争を引き起こそうとしている友人の過ちを正すことも真の友人関係だし、望ましい日米関係ではないだろうか。