メディア掲載  外交・安全保障  2018.03.20

ワシントン以外のアメリカ

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2018年3月15日)に掲載

 この原稿は米国西海岸からの帰国便で書いている。今回は駆け足でシカゴからインディアナポリス、サンフランシスコ、ロサンゼルスを回った。ワシントン以外の米国を訪れるのは久しぶり。今回印象深かったことを書こう。

 わが米内政体験は中西部、独立200周年・1976年のミネソタ大学留学が始まりで、当時の大統領選と下院議員選にボランティア参加した。ウォーターゲート事件後に無名のカーター候補が当選、彼の副大統領候補は巨大労組の支持を得たミネソタ州選出のモンデール上院議員(後の駐日大使)だった。あれから42年、米内政は大きく変わった。

 今回の主目的はインディアナ州日米協会主催の講演会出席。90年代の在米大使館1等書記官時代にはなかった名誉、米国の旧友が全米日米協会の理事長に就任したご縁だ。インディアナポリスは小学生時代から憧れていたインディ500レースの聖地。昨年の優勝者は日本の佐藤琢磨氏だが、同州と日本とのご縁はもっと古く深いものだ。

 現在インディアナ州には300近い日本企業が地元に根を張っている。始まりは80年代に日本の自動車会社が相次いで進出し工場生産を始めたことだ。当時は日米貿易戦争が自動車にも及び始めた頃、彼らがこの土地と人的資源に注目したのは賢明だった。

 今や数千人の日本人が様々(さまざま)な分野で活躍している。最近は中国企業も進出しているが、彼らは地元企業を買収するだけで日本人のように経営にはタッチしないらしい。目的は地元貢献よりも、米国企業の先端技術の取得という陰口も聞いた。ちなみに、同州選出の下院議員・知事だったのがペンス現副大統領。一昔前ならあり得ない。中西部の政治は大きく変わったのだ。

 考えてみれば、当地も2年前にトランプ氏を勝利させた支持層の多い地域。講演会のスピーチ後に地元のある医師が筆者に丁重ながら確信を持ってこうささやいた。「彼らはダークサイドではない。真面目に働いてもワシントンに見捨てられた人々の気持ちを理解してほしい」。トランプ人気はまだ根強いと直感した。

 今回のもう一つの目的は最近ロサンゼルスでオープンした「ジャパンハウス」訪問だ。世界各地に日本の情報を発信する拠点を作る。岸田文雄外相・薗浦健太郎副大臣(いずれも当時)コンビが提唱し、麻生太郎財務相が支援した構想が今、実を結びつつある。所はハリウッドのど真ん中、アカデミー賞授賞式会場の斜め向かい、レッドカーペットの階段を上がった右側だ。中は広く、日本産品の展示とギャラリーがある。年内には図書館とレストランもオープンするらしい。日本の広報文化外交もようやく本格的になったものだと実感した。

 無論、課題がないわけではない。米国の玄人をうならせるような現代アートか、アニメオタクを含む一般庶民を対象とするポップカルチャーか、いやいや、もっと竹島や尖閣に関して正確な情報を発信すべし等々、議論は尽きない。あちらを立てればこちらが立たず。だが、ジャパンハウスを「孔子学院」にすることだけはやめてほしい。中国の政治プロパガンダ機関と化した同学院の評価はインディアナ州でも極めて低かった。広報文化活動の要諦(ようてい)は、批判に対する詳細な反論の繰り返しでは必ずしもなく、むしろ大量の良好なイメージで批判を圧倒する方が効果的だ。

 サンフランシスコ到着時にトランプ氏の米朝首脳会談受け入れ発言で東京から何度か電話インタビューを受けた。一連のスキャンダルで追い詰められたトランプ氏の典型的目くらまし対応。これではメディア情報戦には勝てない。おっと、実はサンフランシスコには秘密の目的があった。初めて孫娘と対面したのだ。彼女を見たら旅の疲れなど吹き飛んだ。彼女はわが家初の米国市民である。