メディア掲載  外交・安全保障  2018.02.21

米国:トランプ政権の政策変更リスク

東京海上日動火災保険株式会社 タリスマン
「政治リスク・地政学リスクと企業に求められる対応」(2018年2月)より転載

 2017年1月にトランプ(Donald J. Trump)政権が発足してから約1年が経過した。中東ではイスラエルの首都をエルサレムとして認定するという大きな政策変更があったものの、それ以外の外交・安全保障政策ではそれほど大きなサプライズはない。他方、経済、通商および国内問題に関しては、この期間だけをとってみても、環太平洋パートナーシップ(Trans-Pacific Partnership:TPP)や気候変動に関するパリ協定からの脱退表明、北米自由貿易協定(North American Free Trade Agreement:NAFTA)再交渉開始、イスラム教国をターゲットにした移民規制等、いくつものサプライズがあった。大統領選挙時からの公約だった「オバマケア改廃」については、上下両院で共和党が多数を握っているにもかかわらず、3度試みて3度失敗したため、当面、棚上げとなることが予想される。それでも、2018年秋の中間選挙をにらみつつ、今後は税制改革をはじめ、トランプ政権にとっても議会共和党にとっても、正念場が続くことになる。

 このような状況の米国をみるとき、トランプ政権が政策を変更することにより発生するリスクにはどのようなものがあるのだろうか。また、かかるリスクの背景はどこにあるのか。そして、トランプ政権の残りの任期をみていく上で今後、注目すべき点は何だろうか。



1. リスク:「政策意図の不明確さ」と「孤立主義・保護主義の台頭」

 まず、トランプ政権下で米国の政策が変更されることにより発生しつつあるリスクについて、特にその対外的影響に注目して考えてみたい。

 第1のリスクは、トランプ大統領のツイッターや記者会見での過激な発言がメディア等で大きく取り上げられることにより、米国の政策の真の意図がみえにくくなることから生じるリスクである。直近の例で思いつくのは、北朝鮮情勢をめぐる「トランプ大統領による発言(北朝鮮による核実験直後の『炎と怒り(fire and fury)』はその代表例)対北朝鮮国営放送」の口撃合戦とそれに伴う緊張の高まりである。また、北朝鮮に対してだけではなく、たとえば北朝鮮との外交努力を続けているとレックス・ティラーソン(Rex W. Tillerson)国務長官が発言した後に「レックス、無駄な時間を使うことはない」とはしごを外すだけではなく、さも武力行使を真剣に検討していることをにおわせるツイートをすることで、米国の真の意図が何かをわかりにくくしている。ビジネスの交渉であれば、交渉相手を混乱させることで得られる利点もあるかもしれないが、こと国家安全保障にかかわる問題となると、相手国を混乱させることが、相手側の誤算を招き、かえって最悪の結果(この場合は朝鮮半島における軍事行動)を招くリスクを高める結果となる。

 第2のリスクは、トランプ政権が打ち出す政策が、これまで米国が中心的役割を担うことが想定されていた多国間の枠組みに対する信頼を根本的に揺るがしかねないことである。長期的にみるとこちらのリスクの方がより深刻と思われる。TPPを例にとると、オバマ(Barack H. Obama)政権はTPPを自政権の「アジア太平洋リバランス政策」のなかで軍事的コミットメントの実質的強化と並ぶ重要政策課題として打ち出していた。その背景には、中国がその経済力の拡大に伴い、これまで米国が中心となって形成・維持してきた国際経済秩序の代替となる多国間枠組みの構想(アジアインフラ投資銀行(Asian Infrastructure Investment Bank:AIIB)や「一帯一路」構想等)を打ち出していたことに対応する必要性をオバマ政権は強く感じていたという事実がある。特にTPP交渉が進んでいる間、AIIBに英国をはじめとする欧州諸国や、アジア太平洋地域における重要な同盟国(韓豪等)がこぞって参加したことは、当時のオバマ政権に衝撃をもって受け止められた。オバマ政権が連邦議会の抵抗に遭いつつも、TPP成立が米国にもたらす恩恵の戦略的重要性を主張し続けたのもこのためである。このTPPからトランプ政権が、選挙中からの公約であったとはいえ、早々に脱退を表明したことは、21世紀以降の世界の国際経済秩序において、米国がこれまでのような中心的役割を安定して果たしていくことができるのか否かに大きな疑問符をつけることとなり、中国が提唱する代替の多国間枠組みの潜在的魅力を増大させる結果となった。



2. 背景:「ホワイトハウス内の意思決定過程」と「議会共和党指導部との関係」

 このようなリスクが生まれている要因はいくつか考えられる。最大の要因は何といっても、トランプ政権発足後のホワイトハウス内の意思決定過程の不透明さにある。通常のホワイトハウスでは、大統領首席補佐官が日本でいえば官房長官のような存在で、大統領に最も近いとされ、意思決定過程においては、首席補佐官を頂点としたピラミッドが形成される。しかし、トランプ政権は、特に政権発足直後は、ラインス・プリーバス(Reinhold R. Priebus)大統領首席補佐官以上に大統領と近い関係のアドバイザーが複数(イヴァンカ・トランプ(Ivanka M. Trump)、ジャレッド・クシュナー(Jared C. Kushner)、スティーブン・バノン(Stephen K. Bannon)等)存在し、これらのアドバイザーが実質的に首席補佐官と同格の存在として大統領にアクセスしていたため、どの政策案件に誰が最も影響力があるのか、実質的な意思決定権者は誰なのか、といった点が非常にわかりにくい状態になっていた。

 ホワイトハウス内における意思決定過程のわかりにくさは、2017年7月にプリーバス首席補佐官が辞任した後、同月末にジョン・ケリー(John F. Kelly)氏が後任の大統領首席補佐官として就任し、8月のバージニア州シャーロッツビル事件への対応についての路線対立からバノン氏が事実上更迭される形でホワイトハウスを去るまで続いた。現在は、公務についてトランプ大統領と話す際には、大統領の実子であるイヴァンカや、娘婿のクシュナーもケリー首席補佐官の事前許可が必要になり、少なくともホワイトハウス内部における意思決定過程は、従来の形に近くなったといわれる。それでも、トランプ大統領が、ケリー首席補佐官の目の届かないところでホワイトハウス関係者以外の人間に意見を求めることが可能であるだけではなく、トランプ大統領による挑発的なツイートを辞めさせることもできない状況は続いている。

 また、トランプ大統領と連邦議会上下両院の議員、特に上下両院の指導部との微妙な関係も、リスク要因となっている。そもそも、トランプ大統領とポール・ライアン(Paul D. Ryan)下院議長やミッチ・マコーネル(Addison M. McConnell)上院院内総務をはじめとする議会共和党指導部との関係は、2016年の大統領選挙時から微妙なものだった。大統領選挙期間中も、トランプ大統領候補(当時)が問題発言をするたびに、議会共和党指導部は対応に苦慮してきた。

 トランプ政権発足後も、議会共和党指導部はトランプ大統領との関係に苦労してきた。トランプ大統領と議会共和党指導部との関係が決定的に悪化したのは、2つの出来事であった。第1に、2016年の大統領選挙に対するロシア政府の関与をめぐる疑惑の捜査についてジェフ・セッションズ(Jefferson B. Sessions III)司法長官(元上院議員)が自らは関与しないという決定を行ったことである。これに立腹したトランプ大統領がツイート等で同長官を厳しく批判した。 第2に、8年前にいわゆる「オバマケア」法案が成立して以来、共和党が公約として掲げ、2016年大統領選挙でもトランプ陣営の公約として掲げられた「オバマケア改廃」を目指す法案を成立させることに3度も失敗したことである。トランプ大統領は議会共和党指導部にその全責任があるとして強く批判し、マコーネル共和党上院院内総務と電話口で激しく応酬した。さらに9月に入って、連邦政府閉鎖を回避するために、トランプ大統領が野党である民主党と、債務上限の引き上げ等について手打ちをしたことで、共和党議員の間でトランプ大統領へのいら立ちが強まっている。

 こうした状況の背景には、前提として、議会共和党との関係がぎくしゃくしたまま、トランプ大統領が政権を運営しようとする過程で、何でもすぐ自分の望むことが実現できない状況にストレスをため、そのいら立ちがツイッター等のトランプ大統領自身がコントロールできる場での問題発言につながっているという点である。そして、トランプ大統領によるこのような問題発言を100%封じることはケリー大統領首席補佐官や、メラニア(Melania Trump)夫人、あるいは実子のイヴァンカをもってしても難しく、そのことがトランプ大統領自身の発言の予測可能性の低さに拍車をかけて、米国内外での不安感の増長につながっている。



3. 注目点:2018年中間選挙

 最後に、ここまでみてきたような米国の状況を踏まえると、今後、トランプ政権の残りの任期のなかで注目すべき点は何であろうか。

 まず最大の注目点は、2018年11月の中間選挙で共和党がどのくらい戦えるかである。現時点で共和党は、ホワイトハウスおよび上下両院のすべてをコントロールしているにもかかわらず、トランプ大統領が選挙期間中に掲げた公約のなかで、議会による立法措置が必要なものは何ひとつ、公約実現に向けためどがつけられていない。すでに2017年9月末にアラバマ州で行われた上院議員選共和党予備選挙で、トランプ大統領や議会指導部が支援した候補者が知名度や資金力で圧倒的に劣る対立候補に敗れる等しており、早くも波乱含みとなっている。

 中間選挙の結果を受けてトランプ大統領が政権運営手法を大きく変えるかどうかも注意する必要がある。過去、クリントン(William J. Clinton)は1992年大統領選挙で景気対策を前面に押し出して戦い、1993年に政権を発足させ、国民皆保険制度の実現に向けたタスクフォースの形成等、国内政策ではリベラル色の強いアジェンダを進めようとした。しかし1994年の中間選挙で共和党に大敗した後、大きく方針を転換、共和党主導の議会と良好な関係を築きながら経済政策をはじめとするさまざまな分野で立法措置を講じ、その実績を引き下げて1996年の大統領選挙で圧勝再選した。

 トランプ大統領が当時のクリントン大統領のように思い切った方向転換をして、選挙期間中の公約にはこだわらない柔軟な政権運営を始めるかどうか、またそのような方針転換が行われた結果、たとえばTPP脱退のような対外政策上、重要な方針転換を再検討する余地が生まれるのか否かは、注目しておく必要がある。

 さらに、中間選挙後、トランプ大統領が2020年大統領選挙に再選を目指して動き出すのか、それともマイク・ペンス(Michael R. Pence)副大統領に禅譲するのかは、来年の中間選挙における共和党の選挙結果に大きく左右される事項ではあるが、引き続き注視が必要である。特に、ペンス副大統領はこれまでほとんど目立っていないが、問題発言をツイート等で連日続けるトランプ大統領とは対照的な慎重な発言や態度を一貫して貫いており、今ではトランプ政権を陰日向に支える最も重要な人物になっている。その一方で、ツイート等で目立つ発言をするも、実際は各政策に対する姿勢は非常に柔軟なトランプ大統領と比較すると、ペンス副大統領は筋金入りの保守派の政治家であり、トランプ大統領が再選を目指さない場合、ペンス副大統領がどのようなアジェンダを前面に出して戦うのかが注目される。具体的には、トランプ大統領が打ち出した「アメリカ・ファースト」を踏襲するのか、あるいは現在の国際秩序を担保する存在として米国の役割を再び強調するのか。これら諸点が、少なくとも2020年大統領選挙までのトランプ政権をめぐるリスク要因を考える上で欠かせない点になってくるであろう。


(2017年10月6日脱稿、12月13日修正)