メディア掲載  グローバルエコノミー  2018.02.14

危ない!トランプ氏の誘いに乗るな-TPPで圧倒的に立場が弱いのはアメリカ。日本は御用聞きをすべきではない-

WEBRONZA に掲載(2018年1月30日付)

 アメリカのトランプ大統領は25日、CNBCテレビのインタビューで、昨年離脱した環太平洋連携協定(TPP)について、「もっと良い条件が得られるなら参加する」と述べ、再交渉で有利な条件が得られることを前提に、復帰を検討する意向を示したと報じられた。

 前後の発言から見て、これはいつのもツイッターでの思い付きではなく、事前に政権内で相談して用意したもののようだ。ただし、ダボス会議での公式の演説では、TPPに参加している国と二国間または多国間で相互の利益になるように交渉すると言っており、はっきりとTPPに復帰すると述べるのではなく、ぼかした表現になっている。

 いずれにせよ、大統領就任直後TPPはとても悪い協定だとして誇らしげに離脱を表明したときとは、態度を異にしている。TPP11が合意され、アメリカ農産物が日本市場から締め出されてしまうという心配が現実のものとなりつつあるからだ。

 アメリカの農家はこれまで共和党を支持してきた。TPP離脱によって不利益を受ける彼らが態度を変更すれば、今年11月の中間選挙で与党の共和党は連邦議会の多数を維持できなくなるのではないかというおそれが出てきた。改選される共和党議員の少ない上院は大丈夫だとしても、全員が改選される下院は相当危ない状態になる。中間選挙後、トランプ大統領はレイムダック(死に体)になるかもしれないのだ。

 他方で、自分を大統領に押し上げてくれた、貿易で職を奪われたと主張するラストベルト地帯の労働者の声を無視することもできない。このため、TPPは良くないが、改善されるのなら参加すると主張することになったのだろう。


アメリカで通商交渉権限を持っているのは誰か?

 これまでトランプ氏は、TPPはとても悪いと主張してきた。しかし、具体的に協定の何が悪いのかを示したことはない。ダボスでの演説も公正で互恵的な協定であるべきだと抽象論を言っているだけだ。

 アメリカの憲法上通商交渉の権限は連邦議会にある。現在は今年の6月30日まで議会は通商交渉の権限を連邦政府に授権している(その後は大統領が要請し議会が否認しなければ3年間延長可能)。つまり、今年の7月以降トランプ大統領に通商交渉権限があるのかどうか、明らかではない。

 通商交渉権限が行政府に授権されているときでも、協定の発効には議会の承認が必要なので、これまでも行政府は議会関係者と緊密に連絡を取りながら交渉してきた。

 民主党のオバマ政権が合意したTPP協定が議会の承認を得られない状況になったのは、共和党の幹部議員が反対したからである。上院のマッコウネル院内総務は、たばこ規制がISDS条項(投資家が投資先の国を国際仲裁裁判所に訴えられるという規定)の対象から外されたことに、TPP協定承認を担当する上院財政委員会のハッチ委員長は、医薬品業界の新薬のデータ保護期間がアメリカ法が定める12年ではなく8年となったことに、それぞれ不満を表明した。他方で、民主党の議員の中には、為替レートを自国通貨安にして輸出を増やしたり輸入を抑制したりすることを規制すべきだと言う主張があった。

 TPPを改善すると言う名目で、アメリカはこれらを主張するのかもしれないが、これらの論点はTPPの他の参加国からの反対が強く、妥協の結果合意のところに落ち着いたと言う経緯がある。アメリカが蒸し返したとしても、TPPの他の参加国は応じない。為替操作の論点はアメリカ財務長官さえも反対した。

 そもそも今年11月の中間選挙によって、連邦議会の構成が大きく変わってしまう可能性がある。今の議会の意見を忖度してアメリカ政府が交渉し、成果を得たとしても、それが中間選挙後の議会に承認される保証はない。


上手を取っているのは日本やオーストラリアだ

 トランプ氏はTPPがアメリカに都合のよいものになるなら参加してもよいという高飛車な態度を採っている。大国アメリカの主張は必ず通ると思っているのだろう。

 それは、とんでもない思い違いだ。

 日本はオリジナルなTPPによってアメリカ市場へのアクセスはほとんど改善・拡大していないので、アメリカのTPP復帰によって得る経済的な利益は少ない。

 カナダ、オーストラリア、メキシコ、チリなどはすでにアメリカと自由貿易協定を持っているので、TPPがなくてもアメリカ市場に関税なしで輸出できる。さらに、カナダ、オーストラリア、チリやニュージーランドなどは、TPP11によって日本市場へアメリカよりも有利な条件で小麦、牛肉、豚肉、チーズ、ワインなどを輸出することができるので、アメリカがTPPに復帰しない方がよい(逆に言うと、だからアメリカ農業界はTPP復帰を熱望したのだ)。ベトナムは、アメリカ復帰によってアメリカの繊維市場へのアクセスが拡大するというメリットを受けるが、そのかわりTPP11で凍結した規律を復活しなければならない。

 つまり、TPP11の中にアメリカ復帰を支持する勢力は少ないのだ。アメリカは、お願いだからTPP11に入れてほしいという交渉しかできない。TPP11への加入交渉に関する限り、TPP参加の11カ国とアメリカとでは、横綱と十両ほどの立場の差がある。

 もちろん、日本政府の中のアメリカファーストという立場を取る人たちが暗躍するかもしれない。しかし、TPP11への加入交渉では、日本だけがアメリカの相手をするのではない。アメリカの相手は11カ国すべてである。日米二か国だけの交渉ではない。11カ国全てが納得しないと、アメリカは復帰できない。

 日本政府がアメリカに再交渉は難しいと理解するよう働きかける必要があるといったたぐいの記事があるが、そんな必要は全くない。マスコミもアメリカファーストやアメリカ怖い病にかかっているのだろう。

 日本はでんと構えていればよい。アメリカに御用聞きをするようなことはしなくてよいし、すべきではない。相手がTPP加入を要請してから、おもむろに立ち上がるという横綱相撲をとればよいのだ。

 今の段階でアメリカがTPP加入交渉を持ちかけてきても、11月の中間選挙が終わって議会の意向が判明するまで待ちましょうと答えればよい。日米二カ国の自由貿易協定交渉を要請しても、日本の通商政策はTPP第一主義(TPPファースト)に転換したのだと言えばよい。日本が優先すべきは、TPP11の国会承認と早期発効である。