メディア掲載  グローバルエコノミー  2018.01.24

アベノミクスが壊す〝みずほの国・日本〟-改革を銘打った表の看板はキャッチコピーなどで彩られているが、その裏側は......。-

WEBRONZA に掲載(2017年1月9日付)
キャッチフレーズの政治

 安倍総理は〝みずほの国〟というキャッチフレーズが好きだ。農業政策について言及する時には、この言葉がよく使われる。前回の政権の際使用された〝美しい国日本〟を代表するのが、黄金色に染まる秋の水田なのだろう。

 これだけではなく、キャッチコピーやスローガンが好きなようだ。農政改革について40年で初めてとか、60年間誰も行わなかったとかの言い回しが使われる。例えば、2014年には「攻めの農業改革を進めています。40年続いていた、いわゆる『コメの減反』を廃止し、これまで手をつけることすらタブー視されていた農協も、60年ぶりに抜本改革を行います」とスピーチしている。


安倍総理は稀代の宰相?

 これを聞くと、安倍総理は中曽根康弘や小泉純一郎という改革派の総理もできなかった改革を成し遂げた稀代の宰相のようだ。しかし、実際には、安倍政権の農政改革は、羊頭狗肉と言ってよいほど看板と政策の中身が異なる。

 改革を銘打った表の看板はキャッチコピーやスローガンできれいに彩られている。しかし、その裏側で、実際の政策内容は農業村の既得権を擁護・拡充したものとなっている。政策変更ではあるが、改革と名乗るほどの内容のものではないか、いわゆる〝改革〟とは逆の方向への政策見直しとなっている。

 これは安倍総理が農林水産省、自民党農林族、農協などの農業村に政策の中身を丸投げしてきたからだ。かつて総理吉田茂は農地改革を和田博雄農林大臣に丸投げした。しかし、それは和田が農地改革を徹底的に遂行する意欲と能力を備えた改革者だったからだ。改革を望まない農業村(当時は地主階級)に丸投げしたのではない。


丸投げと農業村の高笑い

 農協改革についてはたしかに60年ぶりだろうが、農業村に調整を委ねた結果、改革は部分的な微温的なものにとどまった。特区制度による企業の農地所有については、農業村は安倍総理の発言を逆手にとって、対象を兵庫県養父市に限定してしまった。

 日EU自由貿易協定でチーズ生産に影響があるとして国内対策が講じられることになった。輸入が増えて国産チーズ価格を引き下げざるを得ないという影響があるのであれば、チーズの原料となる生乳の価格を下げなければならないのに、昨年12月、ホクレンは逆にチーズ向け乳価を4~5円(1割程度)引き上げた。これは私が以前指摘したように、自由化の影響がないことをホクレンも乳業メーカーも認識していることを示している。

http://webronza.asahi.com/business/articles/2017070700004.html

 つまり、総理の丸投げを利用して、農業村は自由化の影響がないのに予算を増やしたのである。

 農業村の高笑いが聞こえるようだ。しかし、我々国民が気を付けなければならないのは、本当に笑われているのは丸投げした人だけではないことだ。


安倍総理のフェイクニュース

 丸投げとは逆に、農業村が行った改革とは真逆の政策変更を、安倍総理が丸受けし、内容も理解しないで大改革に仕立て上げてしまったのが、〝減反廃止〟という官邸作成のフェイクニュースである。

http://webronza.asahi.com/business/articles/2017070700004.html

 自民党と農林水産省の幹部は、当時から今日まで減反(生産調整)は必要だと発言しているのに、ある主要紙が農業村に(記者としての基本作法である)裏付け取材もしないで官邸の言う通りに報道し、他のマスコミも追随した。彼らは国が生産(減反)目標数量を廃止することだけをとらえて減反廃止と言ったのだ。しかし、当時、林農相は、生産(減反)目標数量はすでにまったく意味のないものになっていると発言していたのだ。その裏で減反政策の中核である減反(転作)補助金は大幅に拡充された。具体的には、主食用ではなくエサ用に米を生産した時の補助金単価の増加である。

 安倍総理は二つうそをついている。40年間誰も行っていない改革だと言うが、彼自身が2007年の第1次安倍内閣の時、今回の見直しと同じく生産目標数量を廃止し、その後米価が下がったので直ちに撤回している。このときマスコミは減反廃止とは報道しなかった。なお、エサ米への減反補助金交付はこの時の米価低下への対応策として始まった。

 もう一つは、ありもしない減反廃止である。食糧管理法に替えて成立した食糧法(主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律)には生産調整(減反)に関する規定がある。もし減反廃止が本当ならこの規定は廃止しなければならないが、未だにそのような法律改正は行われていない。もし安倍総理があくまでも減反廃止と言い続けるのなら、食糧法改正案を国会に提出すべきだ。


減反の本質

 何のために減反が行われて来たのだろうか?

 減反とは、農家に補助金を与えて米の生産を減少させ、米価を通常市場で決まる価格よりも高く維持する政策である。減反廃止とは、米の供給の増加による米価の低下である。

 これが実現すると、戦後農政を否定するような大改革になる。2008年、石破農林水産大臣は減反を廃止すると60kg当たりの米価が1万5千円から7千5百円に低下するという試算を公表している。このときは減反見直しを主張する石破大臣に農林族が猛反発して、改革を潰している。TPPに農協があれほど反対したのは、関税がなくなると安い外国産米が流入し、減反によって実現してきた高い米価が維持できなくなるからだ。

 以前から農林水産省は、減反は生産者のためのものなので、政府ではなく農協が主体となるべきだと主張してきた。このため、2007年の時も今回も国は生産目標数量の配分を行わないこととしたのだ。生産目標数量の廃止は官邸ではなく農林水産省の発案である。なお、今回はエサ米への減反補助金という米価低下への万全の備えも行っている。

 補助金を与えて減反させるという基本的な仕組みには変更はない。この本質さえ理解していれば、減反廃止などという報道はしなかったはずだ。また、農業の専門家と称する大学教授やシンクタンクの職員が登場して、本当に減反が廃止されるという解説をしていたのにも驚かされた。かれらはフェイク・エキスパートなのだろう。

 農協の機関紙である日本農業新聞だけは減反廃止と報道しない。農業村の真の農業の専門家も安倍総理のフェイクニュースであることは百も承知である。かれらは減反の本質を理解しているからだ。


減反廃止?による米価上昇

 石破大臣の試算のように、減反を廃止するなら米価は下がるはずである。しかし、エサ用米の補助金増額によりその生産が増加、主食用の米の生産が減少して、米価は上がっている。

http://webronza.asahi.com/business/articles/2017112700002.html

 国が生産目標数量を廃止しても、強力な減反補助金がある限り、農家は農業団体(農協)主催の生産調整カルテルである減反に参加し続ける。〝減反廃止〟によって北海道が生産を増やすという報道があるが、生産目標を提示するのは北海道の生産者団体であり、これによる減反カルテルが継続される。農家が自由に米を作る〝減反廃止〟ではない。しかも北海道の増産は0.9%に過ぎない。他方で、生産を減少させる府県もあるので、全体の生産は増えない。高米価は〝減反廃止〟の今年も継続される。水田の4割を減反(転作)しているのだから、本当に〝減反廃止〟なら米の生産は大幅に増加し米価は大きく低下するはずである。


みずほの国が壊れていく

 問題なのは、高米価を維持するため、農業村が必死になって主食用の米の生産を縮小させようとしてきたことである。この25年間で米の生産量は1,198万トン(1994年)から735万トン(2018年目標)まで減少した。現在米の消費量の3割強を占めるようになった外食・中食(業務)用の米は不足し、外食・中食業界は悲鳴を上げ始めている。エサ米の方が実入りがいいので、農家は米を業務用ではなくエサ用に向けているからだ。

 これまで農家保護の名の下国産で供給する米の価格を大幅に引き上げる一方、9割が外国産の小麦の価格は据え置いた。60年前は小麦の3倍以上の消費量があった米は、この外国産優遇の価格政策によって小麦の消費量に近い水準に減少している。食料自給率を低下させたのは、農業村である。

 農業村は〝減反廃止〟というフェイクニュースを歓迎している節さえある。一般の国民やマスコミが減反廃止と理解してくれれば、政治的に決着済みの減反が改革の俎上(そじょう)に上ることはないとほくそえんでいるのだろう。誤報のおかげで、農業村は減反を安心して継続することができるのだ。

 安倍総理はこの農政の最重要問題にメスを入れようとはしない。もうすぐ日本はみずほの国ではなくパンの国になるだろう。

 美しい国はなくなっていく。農業村が笑っている先にいるのは、減反補助金という高い納税者負担と米価という高い消費者負担を強いられている国民である。後代の歴史家は安倍総理をパン総理と揶揄(やゆ)するのだろうか?