トランプ政権の内幕を詳細に描いた暴露本「炎と怒り」をようやく読み終えた。米書店では売り切れ続出、知人が帰国直前空港の売店で手に入れた最後の本をお土産に頂いたのだ。英文300ページの大部だが、頑張って2日で読破した。友人に自慢したら、彼は既に電子版を読了。なるほどベストセラーでもネット上に「売り切れ」はないのだ。日本で同書は「トランプ氏の大統領としての資質を疑問視する側近らの発言が盛り込まれており、政権が非難していた」と報じられたが、筆者の読後感はちょっと違う。
●トランプ氏の資質について新たな事実はない
トランプ氏が大統領の器でないという噂は一昨年の大統領選挙中からあった。当時米国の友人は誇大性・賛美を求める欲求・特権意識が強く、自己を最重視し、業績を誇張し不相応の称賛を求める「NPD(自己愛性パーソナリティー障害)」なる米精神医学用語でトランプ氏の直情・直感的傾向を指摘していた。まさにその通りではないか。
また、同書はトランプ氏が「人の話を聞かず、文書を読まず、最後に聞いた話を対外的にしゃべる」と書いたが、その種の経営者・政治家は日本にも大勢いる。トランプ氏だけを不適任と断罪するのは不公平であろう。
●発足当初のトランプ政権には3つの派閥があった
筆者にとって最も興味深かったのはトランプ政権内の力関係だ。同政権は、バノン元首席戦略官率いる「極右ナショナリスト」集団、大統領の娘婿夫婦が代表するニューヨーク富豪・民主党系「穏健派」集団とプリーバス前首席補佐官が代表する「議会共和党主流派」集団が「空洞」である大統領を取り囲む構図だ。当然、外交・安保チームの入り込む余地は少ない。
●バノン氏は「影の大統領」などではなかった
バノン・トランプ両氏の関係は微妙だ。バノン氏は1955~65年の「古き良きアメリカ」への回帰を頑なに主張する一種の革命家。同氏はトランプ運動に寄生し大統領選勝利後同氏が忌み嫌う米国のエスタブリッシュメント(既得権・支配層)との闘いを始めたが、次第にトランプ氏が支配層に取り込まれるのを見てホワイトハウスを去った。意外だが、バノン氏も米内政については素人だったのだ。
●プリーバス氏は真の首席補佐官ではなかった
プリーバス氏は共和党全国委員会(RNC)の元委員長だが、RNCこそはトランプ氏が敵視するエスタブリッシュメント。大統領は同氏にホワイトハウスの全権を付与する気など元からなかったのだ。
●ジャバンカは単なるセレブ夫婦ではなかった
バノン氏は大統領娘婿夫婦を「ジャバンカ=ジャレッド+イバンカ」と揶揄した。この若夫婦、化学兵器を使用したシリアへの攻撃やアフガニスタンへの米軍増派問題などでことごとくバノン氏と対立した。その度にジャバンカはメディアに情報リークしてバノン氏を陥れる世論操作を繰り返したという。「かわいい顔して...」、恐ろしい夫婦ではないか。
●外交安保チームはこうした路線闘争の蚊帳の外だった
「炎と怒り」が扱う外交安保問題は意外に少ない。本書の著者M・ウォルフ氏は、マクマスター氏率いる国家安全保障会議とマティス国防長官やティラーソン国務長官との葛藤に興味がなかったかもしれない。一方、同氏は毀誉褒貶(きよほうへん)相半ばするジャーナリストであり、同書に書かれた内容のどこまでが真実かは今後しっかりと検証する必要があるだろう。いずれにせよ、トランプ政権の実態を知る上で必読の一冊だと考える。
最後にトランプ政権はどこへ行くのか。同書を読む限りその答えはトランプ氏自身も分からないだろう。引き続き米内政を注視するしかない。