コラム  国際交流  2018.01.16

AI浸透についての考え方のフレームワーク:日本にとってどこが高付加価値となるのか

 AIについて議論がヒートアップしている。しかし、「AI」という言葉はバズワードになっており、何でも「AI」というのが謳い文句になっていることが気がかりである。非常に役立つソフトウエアでも、「AIは使っていないが、非常に効果的なオプティマイゼーションを提供可能」などと言うと売れない。そうなると、何でも「AI」という言葉を入れなくてはいけないという、営業上のプレッシャーが出てくる。機械学習など本当はAIを使っていないものまでAIと名乗ると、多くのユーザーが「何だAIはこんなものか」と思ってしまい、本当にAIがやってきた時に過小評価し、ディスラプトされてしまう危険性がある。

 厳密には、AIという分野は機械学習や深層学習と言ったコンピューターサイエンスの手法から成り立っているが、アメリカコンピューターサイエンス学会(CACM)の元会長によると、「とりあえず、今できないものにはAIのラベルが貼られ、セオリーと分析が進んでいるものは機械学習などの具体的な分野に落とし込まれる」ということで「AIという言葉は可哀想な歴史をたどっている」のだそうだ。

 先日、カリフォルニア大学バークレー(UC Berkeley)で大変刺激的な会議に協賛 し、参加してきた。OECDやダボス会議でお馴染みのWorld Economic Forum、マッキンゼーの研究所であるグローバルインスティチュートの主任研究員や、大学で先端のAI技術研究をしている教授、労働や雇用を研究している教授、そしてアメリカの元州知事、デンマークやフィンランドの研究所の人や経済活動を行っている人たち、フリーランス労働者を束ねるプラットフォームのCEO、ITメディアの創設者、アメリカの中西部の元州知事、そしてグーグルの元重役などがいた。会議では、地に足を着けて大局を見据えた議論がなされ、大変刺激的だった。 そこから浮かび上がったテーマと論点を、複数のコラムに分けて紹介したい。



AI浸透のパターンについて


 まずはAIがどのように浸透するのか、議論での論点を元に、私なりにまとめてみた。



1)フロンティアAI:トップの先端企業のみの領域

 AIのフロンティア(先端)は、最先端の技術開発である。このような開発ができるのは、ごく限られた先端の人材だけである。世界で最も時価総額が高く、現金保有高もトップのアップルやグーグル、アマゾン、マイクロソフト、そしてフェイスブック(Facebook, Apple, Microsoft, Google, Amazonの頭文字をとってFAMGAという)は、こういったトップ人材の獲り合いをしており、トップ人材の給料は急騰している。スタンフォードやUCバークレーのコンピューターサイエンスで機械学習や深層学習を学んだ学生は、新卒か卒業前に就職すると2000万円以上の給料が約束されているような世界である。数年前に自動運転に向けての取り組みが加速したので、グーグルの自動運転プロジェクト開発者が独立して自分のスタートアップを作ったところ、数ヶ月後にウーバーに700億円程で買収されるなど、極端なレベルとなっていた。

 実は、IBM が持っているデータのうち先端の深層学習や機械学習が行えるようなデータは、グーグルやアマゾンほどはないということが、雇用データを見て分かったという分析がある。 人気が高い就職サイトを見ると、FAMGAに比べて機械学習や深層学習の人材をほとんど採用していないのである。グーグルは、アンドロイドのスマホユーザーがいつどこにいるのかを全て把握し、何年もかけて世界各国のあらゆる主要道路をカメラで写しており、グーグルマップでは世界中の法人データベースと地図を照らし合わせている。もちろん本業の広告とブラウザーでの人々の行動や検索結果、クリックなどのデータも集めている。更に、シリコンバレーやアメリカの主要都市では物流も手がけていて、グーグルエクスプレスというサービスにより、グーグルで様々な量販店の品物をまとめて注文でき、配達まで手がけるというロジスティクスも行っており、こういう活動からもデータを得ている。ちなみに、アマゾンによるホールフーズ(高級スーパー)買収を受けて「ネットからリアルへ」などと書くメディアもあったが、これはちょっとした誤解で、アマゾンはもともとリアルデータを相当持っていたし、FAMGA各社は、1000億円級の巨大データセンターを世界中でいくつも運営しているので、極めてリアルな世界にいるのである。

 機械学習や深層学習は、膨大なデータがあれば飛躍的な進展が望める。先端の研究者を躊躇なく雇用できるような世界トップレベルの資金力があるFAMGAは、どんどんフロンティアを推し進めている。

 もちろん、中国のテンセントなども膨大なデータと資金力を持ち、他の国では集まらないようなデータを駆使して、AIのフロンティアにいる。例えば、自転車シェアサービスや瞬時に少額融資を決められるシステムでは、ユーザーのデータを集めて作り上げた信用ランキングがあることはよく知られている。先日の日経のフィンテックサミットでテンセントの重役が言っていたのは、AIで巧妙にデータを集めて分析しているということである。例えば、博打のウェブサイトは違法だが、合法な広告を装った裏サイトが無数にあり、これらが広告サイトなのか博打サイトなのかは、ユーザーの行動を分析することで暴けるという。広告サイトにしてはユーザーが行く頻度が高かったり、もともとそういう行動パターンが多い人が無数に訪れるサイトは怪しいというレッテルが貼られ調査される。もちろん、イタチごっこで、そういうサイトはすぐに新しいところへ移るので、テンセントのAIはユーザーの行動パターンを追って新しい移転先を見つけるのである。

 また、複数のデータを連動して使える。例えば、博打好きで夜遅くに車をハイスピードで運転する人は、間違いなく信用が下がる。グーグルでもこういったデータは集めているが、さすがに個人単位で追って分析すると社会的に受け入れられないので、テンセントのようには分析はできない。したがって、グーグルの元重役は、中国巨大IT企業の実力を軽視してはならないと言う。中国IT企業はアメリカでトップ大学の博士を次々に雇い入れ、給料だけではなく、他では手に入らないようなデータでフロンティアの分析ができるという、またと無い機会で研究者に提供し魅了している。

 このフロンティアAIの開発は、グーグルのディープマインドのようにどんどん先を行くグローバルリーダー企業が、「本当にビッグな」ビッグデータと世界トップレベルの資金力と、人材の集積地であるシリコンバレーの人材とをフルに活用して推し進めている(本社がシアトルにあるアマゾンやグーグルも、AIチームの多くをシリコンバレーに置いて、人材を確保している)。

 日本にとって、このフロンティアで勝負するのは、正直厳しいかもしれない。本当にビッグなデータ、世界トップレベルの資金力、そして希少リソースである人材をシリコンバレーのようなところでどんどん獲得し、活用するにはハードルが高い。日本は歴史的にAI研究の先端に位置している時代もあったが、巨大IT企業がフロンティアである今の時代では多少分が悪い。また、CIGSの栗原潤研究主幹が指摘するように、日本人研究者は世界的なAI学会への貢献や論文出版などでのプレゼンスが非常に低い。

 しかし、これに絶望する必要はない。ある意味、90年代のマイクロソフトのWindowsとインテル製のプロセッサーで作り上げられたWintelの時代に、日本勢は、付加価値が一番高いOSやコアのプロセッサー、いわゆるプラットフォームの勝負で負けている。しかし、逆に言うと、90年代のマイクロソフトやインテル、2000年代のグーグルやアマゾン、アップルといった企業には世界中の誰もが負けているので、日本だけの問題ではない。歴史的には、日本の製造業に負けたアメリカ企業のうち淘汰されなかった企業が、付加価値の高いところを狙って他の企業を全てコモディティー化させるという作戦だったので、日本勢の強みに対しては強いというわかりやすい構図となっており、日本勢に負けたアメリカの大企業であるRCAやZenithといった企業は淘汰されたのである。

 フロンティアのAI技術はFAMGAの企業内部のものであり、それぞれのサービスに含まれた形で展開されており、一般向けのサービスではない。本当の革命は、これらのフロンティア技術がコモディティー化された一般向けのサービスとなり、社会に広く浸透する時に起きる。私は「白物家電」に倣って「シロモノAI」と呼んでいるが、先端の研究者にもこのようなコンセプトがある。

 日本にポテンシャルがあるのは、このフロンティアとコモディティーの間にある、専門性の高い応用のAIではないかと思う。



2)専門領域のAIツール

 専門性が高い領域の中でも、大企業などが持つデータを特定の領域に特化した形で分析しプラットフォームなどを提供して、双方に付加価値を与えるような活動が、日本の強みを価値に変えられる領域ではないかと思う。

 例えば、マテリアル(素材)のプラットフォームを提供しているシリコンバレーのスタートアップがある。Citrine Informatics


新しい素材などを作り上げる場合、大企業は何千回と実験を繰り返すが、そのデータのうち、求めていた特性が見つかった「成功」のもの以外は死蔵していることが多い。フォーマットもまちまちで「使える」ものではないことが多い。そこで新しい実験を行う場合、長年の経験と勘で仮説を立てて実験を繰り返す作業を始める。合金の場合は28程度のパラメータがあり、炭素を多少加えたら求めている特性につながるかどうかをみるという。このITプラットフォームは死蔵していた大企業のデータを吸い上げ、何か新しい実験をしようと思った際には、まずはその企業が持っていた過去のデータで分かる範囲を埋めてから、機械学習で残りのパラメータを予想する。実験することでパラメータの真偽が分かるので、それを埋めるだけではなく機械学習のモデルの予想にも使える。もちろん個別企業のデータを直接他社には渡さないが、そのデータを使ったことによりレベルアップした機械学習によって、そのスタートアップが提供するサービスのレベルは向上する。このマテリアルのプラットフォームの先駆者であるCitrine Informatics社は、非常に高い専門性を持ったマテリアルサイエンスを学んだ人と、機械学習の博士号を取った人がスタンフォードのビジネススクールで出会い、シリコンバレーで起業した。

 同じようなタイプのスタートアップはいくつもある。例えば、有機農薬は原子をいじれないので、成分分析とどのような配合が目指している栄養分のバランスになるかが重要である。この領域にも、前述のマテリアルのプラットフォームと同じようなスタートアップがある。データで分かるパラメータは埋め、分からないものは機械学習で予想し、実験によって全パラメータの値が分かるので、それにより機械学習のレベルが上がる。

 日本企業は、このような専門性が高いスタートアップが提供するAIを活用することに、非常に適していると言えよう。スタートアップ側は、データを豊富に提供してくれる真面目な日本企業のデータがあれば、機械学習のレベルが上げられることができ、サービスの価値が上がる。日本企業は、コストを劇的に下げるポテンシャルを得るだけではなく、新しい特性のものを作り出して付加価値が高い領域を狙い続けることもできる。

 また、 専門性が高い領域では、日本のスタートアップも 大企業と組むという形で、 少数精鋭の技術開発者にチャンスがあるかもしれない。例えばプリファードネットワークスは工場内のロボティクス作業を機械学習でレベルアップさせるシステムに取り組んでおり、ファナックやトヨタといった企業に導入して共同で開発している。プリファードネットワークスは、シリコンバレーにも開発拠点を置いており、技術開発担当者としてトップレベルの日本人が活躍している。



3)コモディティーのAIツールで広く浸透

 グローバルITリーダー企業が、コモディティーのAIを一般向けに提供する日は遠くない。グーグル傘下のディープマインド社は、2016年7月にグーグルのデータセンターの空調効率をオプティマイズし、4割もの効率アップと15%の消費電力削減を成し遂げた。今はグーグル内部で展開しているだけであり、外部からは推測するしかないが、恐らく既にほとんどのグーグルのデータセンターはディープマインドのAIによってオプティマイズされていると考えられる。そういうツールが一般向けに、月額サービスとして提供されたらどうなるのか?

 実に様々なものがオプティマイズできるが、これを上手に大手企業に導入するITベンダーのようなビジネスが拡大すると考えられる。大企業は他社と競争してコストカットしなくてはならないが、すぐにそのようなツールを使いこなせるとは限らない。まずはITコンサルティングファームなどが、複数の企業で得た経験をもとに導入してくれることなるだろう。

 コストカットだけでは、もちろん足りない。他の企業も同じツールを使いコストカットするので、すぐに最小公倍数の領域に入る。勝負は、いかにそのコモディティーのツールで付加価値の高いところに行けるかである。

 しかし、コモディティーのツールを作ること自体が付加価値の高い行動だと考えるのは間違いであろう。そのツールをどう活用するかが勝負所ではないだろうか。例えば、音声認識の場合、グーグルやアマゾンがより良いものを作り出したら、それを追いかけて同じようなものを作るのではなく、彼らはそれをコモディティーのツールとして提供するので、それを上手に使ってビジネスした方が良いはずである。日本は、言語の都合でデジタルデバイドが深く広いので、音声認識をあらゆるところに導入することで、欧米よりもITの導入が遅れた中小企業や高年齢者が運営するローカルビジネスにITシステムを一気に導入できる可能性がある。

 ちなみに、AIが完全に浸透した姿とは、どこまでがAIではないコンピューターのツールで、どこからがAIによってパフォーマンスが上がっているかが分からないというものである。1960年代のアメリカの大企業の謳い文句には「我が社はコンピューターを導入している先端的な企業です!」というものがあったように、2012年頃の大企業には「我が社ではいち早く社員にタブレットを配っています!」(iPadは2010年発売)という謳い文句があった。そして、「我が社では真っ先にAIをしています」というのが、数年後には当たり前すぎて、戦略的にあまり意味がないところまで来ているはずである。要するに、その新しいツールでどのような高付加価値の仕事ができるかが勝負である。



コモディティーの活用方法:デンマークに倣って


 UCバークレーのマクロ経済学者Brad DeLongは、歴史的に付加価値の高いところへ行けたデンマークの姿を非常に鮮明に語っている。19世紀の半ばにアメリカの鉄道が中西部から東海岸まで出来上がり、中西部の安い麦が大量に欧州に流れ込んだ。アメリカの中西部は地平線の遥か彼方まで真っ平らなので麦の大量生産が可能であり、それを大西洋まで安く運ぶことを可能にした鉄道により、一気にヨーロッパの麦にコモディティー化の波が押し寄せた。

 各国の対応はかなり異なるものだった。イギリスは自由貿易を信じていたので、農業は大打撃を受け、都市部に大量に人が流れ込んだ。この人たちが産業革命の労働者となり、イギリス発の産業革命における労働インプットとなった。フランスでは輸入規制を設けて農業を守った。そして、ドイツでは「麦と鉄鋼」のアライアンスができ、ビスマルクの政治基盤となった。麦も鉄鋼もよりスケールを求めてビスマルクは近隣諸国を攻めて、ゆくゆくは第一次世界大戦につながる流れを作った。このような各国の異なる対応で、歴史は大きく動いたのである。

 そこでデンマークはどうしたかというと、安いコモディティーの麦が流れ込んできたので、ローエンドの農業はあっさり諦め、安い麦は牛に与えて乳製品に特化したのである。今では、デンマークの乳製品はヨーロッパではハイエンドのものとなっている。

 デンマークは、社会システムとして、労働者の再教育をし、デザインなどに対する教育を充実させ、ハイエンドを追求する国となった。近隣諸国より裕福だが、威張らず自慢しない国柄といえる。

 このような姿は、日本にも参考になる部分があるはずである。どうやったらコモディティーをインプットとして活用し、付加価値が高いところに行けるかということである。

 今回の内容を整理すると、AIを考える上でのフレームワークとコモディティーについての考え方は、次の通りである:


●フロンティアのAI:日本はある程度貢献できるかもしれないが、基本的にフォロワーである。

●専門的なAIツール:スタートアップと日本企業が共に価値を創造する可能性は十分にある。日本のスタートアップにもチャンスはあるはず。

●コモディティーのAIツール:フロンティア企業が開発したものを、日本企業はITベンダーを通して導入するが、コストカットだけではなく付加価値アップにも使うべき。

●コモディティーについて:コモディティーを提供するのはフロンティアの企業なので、それはインプットとして活用し、その上で付加価値を追求するべき。