メディア掲載  外交・安全保障  2018.01.11

フリードマンと語った未来

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2018年1月4日)に掲載

 謹賀新年、今年もよろしくお願い申し上げます。本年初の原稿も昨年同様、ワシントン発帰国便の機中で一気に書き上げた。1年前には「従来の連続的思考を重ねるだけでは先が読めない」と記した。本コラムは旧友トム・フリードマンとの会話からヒントを得て書いたものだ。

 フリードマンと初めて会ったのは1991年のワシントン、彼は既にピュリツァー賞受賞記者だった。年齢が同じだったからかなぜかウマが合った。27年も前の話だ。将来何をしたいか聞いたら「コラムニスト」と答えた。まさか筆者も同業者になるとは、当時は夢にも思わない。

 今回久しぶりで再会し、家族の近況を報告し合った後、早速筆者はこう切り出した。


 トム、最近僕はスター・ウォーズ映画をもじってこう講演している。

 (1)今世界で覚醒しているのは「フォース」ではなく、醜く不健全な民族主義や大衆迎合主義が合体した「ダークサイド」だ(2)逆襲するのは単一「帝国」ではなく、現状を不正義と捉え、力による現状変更を肯定するロシア、中国、イラン、トルコなどの「諸帝国」だ(3)今最大の脅威(メナス)は「ファントム(幻影)」ではなく、北朝鮮などの「ヌークリア(核の脅威)」だ。この傾向は2018年に深刻化しても、改善することはない。その象徴がイギリスの欧州連合(EU)離脱、トランプ現象、中露の自己主張などだろう。


 その通りだね、クニ。


 それではトム、君には悪いが、F・フクヤマの『歴史の終わり』、S・ハンチントンの『文明の衝突』、君が書いた『フラット化する世界』はどれも間違いだったな。世界は平らではなく丸いんだぞ。


 クニ、それは違うよ。僕の考えは『レクサスとオリーブの木』に書いた通り。確かに政治の世界ではナショナリズムが台頭している。でも、冷戦後の「グローバル化システム」そのものは変わっていない。世界化・金融化・情報化の象徴であるトヨタのレクサスと、家族・共同体・国家・宗教など人々にアイデンティティーを与えるオリーブの木は同時に存在しているんだ。両者は併存すると同時に、衝突もする...。


 どういうことだ?


 要するに、グローバル化の流れは止まらないが、今や民族主義と大衆迎合主義はグローバル化の潮流に真正面からぶつかり、その方向を変えようとしているのだよ。そのせめぎ合いは2018年も続くだろう。


 なるほど、トム、グローバル化は続くというんだな?


 その通りだ。


 それでは、民族主義・大衆迎合主義の挑戦からグローバル化はいかに生き延びるのだろう。ナショナリズムに圧倒される可能性はないのか?


 ...。


 今回はここで時間終了となった。自書が世界的ベストセラーになると、昔書いた内容との整合性を問われるのはつらいな、とつくづく思う。

 フクヤマが『歴史の終わり』を書いたのは1992年。一党独裁体制など寡頭政治、独裁者や王家の専制政治に対し多数決原理に基づくリベラル民主主義体制が最終的に勝利すると彼は信じた。

 ハンチントンが『文明の衝突』を記したのは96年。冷戦後の現代世界では文明化と文明化との衝突が対立の主要軸だと述べた。これらを単なる妄想と見る向きは今や少なくないだろう。

 仮にフリードマンが正しいとすれば、日本は何をすべきだろうか。最大の課題は、グローバル化の流れに乗りつつも、「ダークサイド」を上手にコントロールしていくことだろう。

 幸い、日本の大衆迎合主義には欧米のごとき差別的な民族主義イデオロギーの要素が比較的少ない。日本人はこの健全な自国社会をいかに維持・発展させていくべきか真剣に考える必要がある。