2017年度の補正予算2兆7千億円の中で、農林水産省分は4千6百億円、そのうちTPP(環太平洋経済連携協定)関連農業対策には3,170億円が計上されると報道されている。日EU自由貿易協定対策として国産チーズの競争力強化に150億円、それ以外にも畜産の体質強化対策として1千億円超が組まれる。財務省は2千億円台の前半に圧縮しようとしたのだが、農林水産省、自民党農林族議員が3年連続の3千億円台を主張し、押し切ったようだ。
農業に影響はないのに、自民党政府は、TPPで影響を受ける農家への対策を行うという。似たような光景が20年前にもあった。1995年のウルグアイ・ラウンド対策である。
ウルグアイ・ラウンド交渉で米のミニマム・アクセス約80万トンを受け入れるにあたり、細川内閣は、国内の需給に影響を与えないという閣議了解を行った。
つまり、輸入はするのだが、輸入した米と同量の国産米を政府が買い入れてエサ米や援助用に処分するので、国内の生産を減少させる必要はないというものだった。しかも、当面関税化しないで、今まで通り輸入制限は維持・継続するのだから、国内農業には、まったく影響はない。したがって、何らの国内対策も必要なかった(1999年に関税化)。
それなのに農業の合理化を進めるのだという理屈がとってつけられ、6兆100億円の対策が打たれた。使い道に困った市町村は、自由化対策とは関係のない温泉ランドなどを作った。
今回のTPP対策は関税が削減される畜産物対策が中心である。しかし、豚肉について、農林水産省はその基本的な輸入制度は守ったので輸入は増えないと主張していた。牛肉については38.5%の関税が15年後に9%に削減されるが、為替レートがこの数年間で4割も円安になっているので、3割程度の関税削減を円安が帳消しにしてくれている。すでに書いた通り、チーズについても影響がない。これはEU官僚の失敗だった。
http://webronza.asahi.com/business/articles/2017070700004.html
今回も影響がないのに行われるのがTPP対策である。
そればかりではない。1990年の牛肉自由化に対応するための生産性向上を名目として、これまで2兆5千億円もの巨額の予算が、肉用子牛等対策(牛肉関税収入を財源)として投入してきた。にもかかわらず、肉牛生産、酪農を始めとする畜産の合理化は一向に進まなかった。
その中心となる肉用子牛制度は農家への保証価格を市場価格が下回った場合にその差を補てん(不足払い)するものである。しかし、和牛について補てんがなされたのはBSEで価格が暴落したときだけである。つまり、ここでも牛肉自由化による影響はなかったのに対策が講じられたのである(補てんが行われたのは酪農に由来する乳用種である)。
この制度では、子牛農家に再生産を保証した保証基準価格と、合理化を進め、将来その価格に収れんするよう努力するとして定められた、合理化目標価格の二つの価格が設定された。
制度としては、自由化対策で生産性を向上させ、いずれは保証基準価格が合理化目標価格に一致することを予定していた。
しかし、制度を実施して以来、保証基準価格は合理化目標価格に収れんするどころか、遠ざかっている。それどころか、円安で枝肉価格が上昇していることを反映して、現在の和牛の子牛価格は75万円にもなっている。
これは合理化目標価格28万円はもちろん、保証基準価格34万円の倍以上の価格である。保証基準価格さえ大きく上回っているのだから、市場価格が合理化目標価格に接近することは全く期待できない。つまり消費者には自由化による価格低下の恩典が及ばないのである。
そもそも子牛農家に対する不足払いは「枝肉価格が下がると、肉牛の肥育農家は子牛の価格を下げようとするだろう。存分に下げてよい。そうなると、子牛農家の経営が厳しくなるので、保証基準価格と市場価格との差を子牛農家に不足払いしよう」という趣旨だった。つまり、この対策があれば肉牛の肥育農家への対策は必要ないはずだった。
しかし、山中貞則をはじめとする畜産関連議員の政治力により、肉牛の肥育農家に対しても、農畜産業振興機構の助成事業を活用して価格保証のための補てん金を出すマルキンという対策がこっそりと打たれてきた。
しかし、子牛農家に対する不足払いがある以上、これは本来やってはいけない対策だった。二重払いになるからだ。だから裏口のような形で行われてきた。それなのに、TPPが妥結された際、農林水産省と自民党農林族議員は、この対策を充実したうえで法制化してしまった。あの山中貞則でも敢えて行おうとはしなかったものだ。
高い子牛価格を放置しておいて、子牛価格が高いため肉牛の肥育農家のコストが上昇していることを理由にマルキン対策が講じられる。子牛農家に発生している不当な高利潤はそのままである。しかも、これは自由化とは何の関係もない。
もっとひどいのはチーズ対策である。
日EUの自由貿易協定では、現行の輸入量とほぼ見合う輸入枠を設けるだけで関税は削減しないのだから、輸入量も国産を含めた供給量も増えず、価格は低下しない。したがって、何の対策も必要ない。だから、2年前は農業村に押し切られた財務省も、今回は財政審議会を活用して抵抗を試みた。結果は冒頭に述べた通りの惨敗である。
そればかりではない。12月12日、ホクレン(北海道の農業協同組合連合会)はチーズ向け乳価を4~5円(一割程度)引き上げることを乳業メーカーに認めさせたと発表した。
何かおかしくないだろうか。
これまで関税などで守られてきた150円の価格が自由化で100円に下がるなら、主要な原料費である生乳代を引き下げなければならないはずである。それなのに、チーズ価格引き上げにつながる生乳代を引き上げるということは、チーズについて自由化の影響がまったくないことを、ホクレンも乳業メーカーもわかっているということなのだ。影響がないのに巨額の自由化対策を要求する。それが農業村である。残念ながら、これをチェックする機関はない。
農家は貧しいという錯覚に農業村は付け込む。2百万以下の所得しかない国民が1千万もいるのに、肉牛農家の所得は8百万円、酪農家では1千2百万円、養豚農家では1千5百万円である。 農業村は笑っている。笑われているのは、高い財政負担をする納税者、自由化しても価格が下がらない消費者、そう国民なのだ。