メディア掲載  外交・安全保障  2017.12.22

米外交政策主流派の逆襲

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2017年12月21日)に掲載

 この原稿は夜明け前のワシントンの定宿で書いている。筆者が所属するキヤノングローバル戦略研究所が米国シンクタンク「スティムソン・センター」と共催するシンポジウムにパネリストとして参加した。日本側研究者が複数の米論客と「日米関係以外の問題」を議論するこのシリーズは4回目、今回のテーマは「トランプ外交1年を振り返る」だった。なぜ「日米関係以外」にこだわるのかって?

 冒頭「日米関係者の、日米関係者による、日米関係者のための会合にはしたくない」と述べた。筆者の真意は日米関係よりも、欧州・中東・アジアという3つの戦域に対し米国がいかなる優先順位で外交政策を立案・実施するかを知る方が重要だと考えるからだ。

 まずは今回の筆者発言のポイントから紹介しよう。


● 筆者が考える世界の現状を映画スター・ウォーズのタイトルをもじって説明する

● 「覚醒」したのは「フォース」ではなく、不健全な民族主義と大衆迎合主義が合体した「ダークサイド」だ

● 「逆襲」するのは単数ではなく、ロシア、中国、イランなど複数の「帝国」である

● ロシアゲートの影響もあり米国の対欧州政策は混乱。欧州は、フランスを除き、おおむねトランプ政権に懐疑的だ

● エルサレム問題や対イラン制裁に象徴される通り、米国の中東政策は混乱している

● これらに比べれば、完璧ではないものの、対アジア政策はおおむね安定している

● 今ほど日米がインド太平洋政策で同調・一致したことは過去に記憶がない-云々...。


 かかる筆者の挑発に対し、米国人パネリストの意見は見事に割れた。民主党系識者が現政権の外交、特に中東政策に対する悲観論を唱えたのに対し、共和党系は一貫して、トランプ政権の本質が国際協調主義と自由・民主など普遍的価値の拡大であると主張。米外交の基本的政策は大統領の個人的嗜好で簡単に変わるものではないとまで言い切った。いずれもワシントンの有力シンクタンクでトップを務めた論客であり、実に聴き応えのある議論だった。

 こうした米側パネリストの発言を聞いて確信したことがある。それは今ワシントンで起きている一種の「路線闘争」が予想以上に深刻、ということだ。この静かなバトルはワシントン、ニューヨークなどを中心とする米国の伝統的外交政策主流派が、トランプ氏の「アメリカ第一主義」を何とかして「封じ込め」ようとする過程で起きている。

 言い換えれば、外交・安全保障政策に関する限り、トランプ氏や彼を理論的に支えるS・バノン氏を中心とするアウトサイダー勢力が、今年1月にホワイトハウスに乗り込んで以来、一貫して伝統的外交政策主流派との闘争を続けているということだ。この戦いは文字通り「命がけ」の死闘、一例を挙げよう。

 筆者のワシントン到着直前に行われた開票でアラバマ州上院議員に民主党候補が当選した。共和党の牙城である同州でセクハラ疑惑のある共和党候補が落選したのだから、ワシントン政界は大騒ぎだ。特に、この共和党候補を強く推したバノン氏に批判が集まった。これで上院の共和・民主の議席は52対48から51対49となり、トランプ政権にとっては大打撃となる。

 これで2018年の予測はますます難しくなった。今後も"トランプ主義者"と伝統的外交政策主流派との死闘は続くだろう。国務省の機能不全は目を覆うばかりだし、国防省の独り勝ちも考え物だ。今のところ日米関係は良好だし、米国の対アジア政策にサプライズはないが、これがいつまで続くかは分からない。日本としても、これまでの成功に安堵せず、何が起きてもおかしくない2018年の到来を覚悟した方がよさそうだ。