テロリストが開催を2カ月後に控えた東京オリンピックを標的にするとしたら、一体どこを狙うだろうか。こんな物騒な想定の演習を先月実施した。筆者が所属するキヤノングローバル戦略研究所が年に3回実施する政策シミュレーション。今回も50人近い現役公務員、専門家、学者、ビジネスパーソン、ジャーナリストが集まり、テロリストや政府関係者を一昼夜リアルに演じてくれた。
今回の演習はシナリオとルール作りが予想以上に難しかった。試行錯誤の末、3種類の攻撃側テロリストを想定した。イスラム聖戦主義者、某国工作員とローンウルフ(単独あるいは少数でテロを行う者)だ。守る側は官邸、外務、防衛、警察等の中央官庁に加え東京都、五輪組織委員会などのチームを作った。
米軍基地から発電所・浄水場まで60カ所の標的を示す東京周辺地図を作成。それに基づきテロリスト各チームが作戦を練り、複数の攻撃目標を定め、アジトを作り、攻撃を実行する。政府側は関連情報を分析しながら攻撃を予測し、アジトを捜索し、官邸が重点防衛地点を決定する。それぞれの地点で攻撃力が防衛力を上回ればテロは成功というルールだ。結果は筆者の予想以上にリアルで戦慄すら覚えるものだった。同演習については現在報告書を作成中であり、詳細は追って公表する。今回は筆者の独断と偏見をご紹介したい。
今回のシミュレーションが浮き彫りにしたのは、攻めるテロリストの意図・手段と、守る政府側の対応との間の驚くべき非対称性だった。
日本政府の方針は一貫していた。人命と国家機能維持の優先だ。東京五輪を2カ月後に控え、開催中止などあり得ないと判断する。繁華街警備など一般市民を守るか、原発や石油プラントなど重要インフラを守るかの判断が非常に難しかったようだ。
ところがイスラム主義者は大規模インフラを狙う気などなかった。彼らは最小限の投資で最大限の効果を狙う。最適ターゲットは無辜(むこ)の一般市民なのだ。どうせ天国へ行くのだから、攻撃は「目立てばよい」。守る政府側との非対称性は今後の大きな課題だ。
彼らは五輪阻止、政権打倒、都知事解任には関心がない。そもそもローンウルフの犯行に目的など「ない」のだ。テロを実行しても彼らの心は満たされない。攻撃対象は「エリート」「金持ち」「キラキラしたIT企業」だった。彼らの行動予測も意外に難しい。
筆者の予想を最も裏切ったのは工作員の行動だ。彼らは五輪でテロを起こす気などない。彼らの目的は日本国内で情報収集・資金調達を行う某国関連団体を維持すること。同団体がある限り、日本を標的にするテロはない。結局、今回工作員たちはサイバー攻撃で日本の金融機関を狙ったが、ここも盲点だった。
委員会の目的も五輪開催だったが、できることには限界がある。都知事は一度方針を決めれば、あまりやることがなかった...。
以上の結果は未来を予測するものではない。だが、今回のシミュレーションを通じて学んだことも少なくない。
テロリストは卑怯(ひきょう)者だ。彼らは白馬の騎士ではない。最も脆弱(ぜいじゃく)な標的を選び、最も残忍な方法で破壊・殺害し、最も大きな衝撃と恐怖を与えることにより、政治的目的を達成しようとする犯罪者だ。イスラム国シンパは既にフィリピンのミンダナオまで来ている。これまで日本は、島国特有の水際作戦、優秀な警察と高い民度で守られてきた。この平和と安全を守り続けるためにも、今回のような頭の体操を実施する価値はあると思った。2020年は目前だ。