メディア掲載 グローバルエコノミー 2017.12.06
今ワシントンのホテルでこの原稿を書いている。ハーバード大学で開かれる今年の日米科学フォーラムに発表者として招聘されたのを機会に、時差調整を兼ねて通商関係の専門家と意見交換するためにワシントンに立ち寄ったのである。
通商関係者といってもアメリカの行政府の担当者ではない。この人たちと話しても公式見解を言うだけで、重要なことは聞き出せないことは、自分の日本政府での経験からもよくわかっている。しかも、トランプ氏のような大統領の下では、行政府の人たち自身が、政権の中枢であるホワイトハウスが考えているアメリカの通商政策の内容自体を知らない可能性が高い。
私が意見交換の相手にするのは、行政府から一定の距離を置き、客観的にトランプ氏政権の行動を分析できる能力を持つと同時に、政権に影響力を行使できる人たちである。具体的には、数あるシンクタンクの中でも優秀な研究者と連邦議会調査局の担当者である。
アメリカのシンクタンクの人たちは単に政策の分析をしているのではない。彼らの政権への影響力は極めて大きい。また、アメリカでは、通商交渉の権限は憲法上行政府ではなく連邦議会に属している。行政府は議会から授権されて交渉するに過ぎないし、授権の際に様々な注文が付けられる。
そもそも三権分立が日本よりはっきりしていて連邦議会の立法権限が強いうえ、通商交渉の憲法上の位置づけから、連邦議会調査局は通商政策の形成に極めて重要な役割を果たしている。彼らの分析結果を議員やそのスタッフが参考にして、通商政策が形成されていくのである。
実は、トランプ政権になってから、彼らと会うのは初めてである。シンクタンクの人たちが言うのは、トランプ氏が何を考え、また何をしたいのかよくわからないということである。極めて重要な発表をすると予告しながら何も発言しないなど、その時々の対応を刹那的にしているだけで整合性や内容があるとは考えられないというのである。しかし、トランプ氏やその周囲の人たちが何をしたくないのかは、彼らや連邦議会調査局の担当者との議論を通じて、ある程度わかるようになった。
まず、トランプ氏が、TPP(環太平洋経済連携協定)やNAFTA(北米自由貿易協定)のどの部分がアメリカの不利益になったのか分析もしていないということである。
トランプ氏はNAFTAから離脱することをほのめかしているが、私が接触した人によると、WTO(世界貿易機関)で世界のすべての国に約束しているアメリカの関税は低く、カナダやメキシコの関税は高いため、カナダやメキシコの関税を低くしているNAFTAがなくなって困るのはアメリカだというのである。
別の人は、今はアメリカの経済界も税制改革を優先して通商についての発言を控えているが、トランプ氏がNAFTAを放棄するなら、経済界だけでなくその意向を無視できない議会からも大変な抗議が起きるだろうという。また、トランプ氏が今回のアジア訪問で「自由で開かれたインド太平洋地域を構築する」と言ったが、具体的に何をしたいのか、まったくわからないという。
日米通商関係については、彼らは、まずアメリカが日米FTA(自由貿易協定)を求めたときに日本は応じるのかと聞いてきた。私は、日本の農業界は日米FTAになるとTPP以上の譲歩を強いられること恐れており、また、アメリカのTPP復帰を前提としたTPP11は安倍政権が農業界の懸念する日米FTAを回避するために推進したものであり、安倍氏が日米FTAを受け入れることはありえないだろうと答えた。
さらに、通商交渉を行うアメリカの人的資源には限界があり、NAFTA や米韓FTAの再交渉や中国に対する301条の発動などへの対応に追われ、仮に日本政府が日米FTA交渉に応じたとしても、交渉の開始や進捗は相当遅れるだろう。交渉している間にトランプ政権は終わるのではないか、日本は時間稼ぎができると答えた。
次にFTA交渉ではなく、日本がアメリカに対して牛肉の関税をTPP並みに引き下げたり米や乳製品などの輸入枠(関税割り当て)を拡大したりすることは可能かと質問してきた。
日本では麻生・ペンス会談でアメリカが日米FTAを要求していると報道され、政府もそのように信じているようだが、アメリカ側は日米間のディール(取引または約束)と言っているだけで、日米FTAが必要だとは言っていないのだというのである。
つまり、トランプ政権はNAFTA や米韓FTAのようなアメリカが拘束されるような協定はいやで、一方的に日本などの貿易相手国にアメリカの貿易赤字を削減させるようなことをさせたいと考えているようなのである。トランプ氏が来日して日本がアメリカからもっと武器を購入すればよいと発言したのは、その表れだろう。これはFTAがなくてもできる。同じようなことが関税などでもできないのかというのが、彼らの質問の趣旨である。
先方の質問に対し、私は、それは法的にできないと答えた。FTAを結ぶのであれば、WTOで約束したどの国にも同じ関税を適用するという最恵国待遇原則の例外として、より低い関税を適用することが認められている。しかし、それ以外で一方的にアメリカだけに低い関税を適用することは法的に認められない。日本の国会でもそのような法案は通らない。WTOの最恵国待遇原則からすると、もし低い関税を適用するなら、アメリカだけではなくブラジルやアルゼンチンなども含め世界中のすべての国に適用しなければならなくなる。そのようなことは日本の農業界が受け入れない。輸入枠も同様である。
私の議論を聞いて、彼らの一人は、日本はクレバー(ずる賢いという意味)だと答えた。私が日本がクレバーなのではなく、アメリカがTPPから脱退しなければこのような不都合は起きなかっただけだと反論したら、他の人たちは肯(うなず)いていた。
アメリカは打つ手がないようである。日本はどっしり構えて、アメリカはTPPに復帰すればよいと答えるだけでよい。