メディア掲載  外交・安全保障  2017.11.30

サウジ式「改革開放」の行方

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2017年11月23日)に掲載

 わが世を謳歌してきた特権集団の同僚たちが突然逮捕・拘束される。理由はお決まりの汚職容疑。不正・腐敗という点では誰もが五十歩百歩。築き上げてきた富や名声は一瞬にして消える...中国共産党高級幹部のことかって? いやいや、今回はサウジアラビアの王族の話だ。最近マスコミで同王国に関する報道が増えているが、「サウジで宮廷粛清が始まった」「皇太子への権力集中が進んだ」「汚職口実に政敵排除」といった見出しではサウジの実態を理解できない。筆者の勝手な見立てはこうだ。


●権力集中のためではない

 ムハンマド・ビン・サルマン皇太子(MbS)は現国王の四男。1985年生まれの32歳だが、既に第1副首相、国防大臣、経済開発評議会議長を兼任する。権力は十分集中しているはずだ。


●腐敗撲滅のためでもない

 原油利権と王国権力が未分化のサウジにおいて王族は、中国共産党高級幹部と同様、利権を独占する一種の特別職公務員だ。腐敗一掃なら、その元凶である独裁王制自体を改革すべきだろう。今回の事件の目的は他にあるはずだ。


●国家収入増は副次的効果

 サウジの外貨準備はこの3年で7370億ドルから4750億ドルに激減した。今回拘束された王子、閣僚、資産家からは最大1千億ドル回収可能というが、将来の資本流出の可能性を考えれば、この程度では「焼け石に水」だ。


●戦争も若さ故ではない

 サウジのイエメン軍事介入については、若いMbSが自らの指導力を誇示するための独断的・衝動的決定と見る向きもある。だが、近年のバーレーン、イラク、レバノン、シリア、イエメンでのイランの活動に鑑みれば、MbSの政策が的外れとは思わない。


●単なる権力闘争ではない

 MbSの目的はただ一つ、権力集中による荒治療でサウジを世界に開き、国内の政治経済システムを改革し、原油代金で潤ってきた補助金漬け王国が近代的王制の下で生き残ることに尽きる。その点では権力を集中して党の生き残りを懸ける中国の習近平総書記とMbSの手法が似ているのも偶然ではなかろう。


 従来サウジの外交は「自分たちは勝手にやるから、放っておいてくれ」だった。筆者が外務省入省後アラビア語研修を拝命したとき、サウジは人口600万人、オイルショックによる油価高騰でにわかに金満王国となりつつあった。あれから約40年、人口は2300万人に増えたが原油生産量は横ばいだから1人当たりGDPは4分の1になった。これは大変とようやく打ち出されたのがMbSの「ビジョン2030」なのだ。

 同計画では活気ある社会、盛況な経済、野心的国家という3本柱の下、石油依存型経済から脱却し投資、観光、製造業、物流など経済多角化を目指す。民間中小企業の役割拡大で雇用を創出し、国民生活水準を向上させるという。最近女性の地位向上にも取り組むなど、MbSの改革には野心的内容が多いが、問題はその実現可能性だろう。

 サウジ王制は1955年体制下の自民党と似ている。初代国王と姻戚関係にある諸部族による連立政権だったからだ。従来の兄弟間王位継承は一種の派閥均衡人事だが、これは右肩上がり経済だからこそできた。今後も王制を維持するには伝統的閉鎖社会を変える「改革開放」が必要となる。サウジ王族はこのことにようやく気付いた。その結果がMbSの登場なのだろう。

 問題は新政策の成否だが、状況はMbSが思うほど簡単ではない。利権を失った王族は激怒し、額に汗して働いた経験のない庶民は右往左往、イランはMbS失脚を虎視眈々(たんたん)と狙っているはずだ。現在確実なことは一つ。新政策の成否は中東だけでなく欧米・日本の将来にも大きな影響があること。当分サウジ内政には目が離せない。