三つの11の数字を並べて、アメリカ抜きのTPP(環太平洋経済連携協定)が11月11日大筋合意した。内容的には、アメリカの復帰を期待して、アメリカの要求で他の国が譲歩した20項目の効力をアメリカが復帰するまで凍結することが大きな特徴である。
新薬のデータ保護期間を8年としたことが、その一例である。データ保護期間とは、新薬を開発した企業が製造販売の承認を受けるために提出した臨床試験などのデータが、知的財産として保護される期間のことである。
これは特許とは別の保護である。この期間中は、後発(ジェネリック)医薬品メーカーは新薬を開発したメーカーのデータを利用できない。つまりジェネリック医薬品の申請が事実上困難となる。この期間が長ければ新薬開発会社の利益につながり、短ければジェネリック医薬品メーカーやそれを利用できる貧しい消費者の利益になる。新薬開発メーカーの利益を代弁するアメリカが12年を主張し、国内の消費者の利益を考慮したオーストラリア等が5年を主張し、その妥協として8年が合意されていた。
新薬のデータ保護期間については、アメリカ対その他TPP参加国(日本は中間)という構図だったので、この凍結は早々と合意された。しかし、マレーシアが要求する国有企業の優遇やカナダが要求する文化を守るための自国企業優遇など難しい4項目については、凍結するかどうかは今後の交渉事項となった。今後これらを確定したうえで来年早期に11カ国が署名し、6カ国が批准すると、60日後に発効することになる。
しかし、閣僚会議で合意したものの、カナダの首相が異論を唱えたため、合意を確認するTPP参加国の首脳レベルの会談の開催は見送られることになった。
閣僚会議では、カナダの担当大臣は真っ先に合意に賛成したと言われ、また安倍首相との首脳会談においてもカナダのトルドー首相は理由を示すこともなく反対だと言うだけだったと報道されている。続いて開催された合意を確認するための閣僚会議でも、カナダの担当大臣から具体的な項目についての反対はなく、他の参加国からのカナダ批判一色になったようである。
カナダの反対理由はよくわからない。NAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉があるので、安易にTPP11で妥協するとアメリカに足元を見られると報道されているが、TPP自体はすでに2年前に合意したもので、どの国もTPP11で新たに譲歩したものは何もない。理由もいえないと言うことは、公にできないことなのだろう。二国間のFTA(自由貿易協定)交渉を主張するアメリカに圧力をかけられ、NAFTAの再交渉と絡めて、アメリカと取引(ディール)をしているのかもしれない。
そうなると、カナダの良心や良識に期待するだけでは、カナダを翻意させることは難しい。カナダは署名に応じないかもしれない。となると、こちらからもカナダに圧力をかけるしかない。
まずは、アジアカードだ。
TPPが合意されたと同時に、台湾、フィリピン、タイ、インドネシアなどがTPP参加に関心を表明した。自由貿易圏が拡大すると、参加しない国は不利益を受ける。野田首相がホノルルでTPP参加検討を表明したとたん、カナダの首相が本国と相談することなく即座にTPP参加を決断したのは、日本も参加する広大な自由貿易圏から排除されることを恐れたからである。
TPPの参加地域が拡大するよう、日本はアジアの諸国へのTPP参加を働きかけるべきである。経済の発展段階の遅れているベトナムさえも参加しているTPPに、タイなどが参加できない理由はない。TPPが拡大すれば、カナダのみならずTPPから撤退したアメリカも翻意するかもしれない。
最も効果的なのは、農業カードである。
アメリカが日米FTAに積極的になっているのは、TPP離脱によりオーストラリア等他の農産物輸出国に日本の市場を奪われてしまうからである。特に関心を持つ牛肉については、オーストラリアが9%の関税を払うだけでよいのに、アメリカは38.5%の関税を払わなければならない。
カナダは、TPPに参加しなければ、牛肉のほか、豚肉と小麦で影響を被る。日EUのFTAが合意されたため、TPPに入らなければ関税が撤廃されるデンマーク産の豚肉に比べカナダ産は不利となる。小麦については、農林水産省が国家貿易企業として独占的に輸入している輸入枠の枠内課徴金が、TPPで45%削減される。長年、この輸入枠はアメリカ6割、カナダ、オーストラリア各2割のシェアで運用されている。カナダ産小麦はオーストラリア産に比べ不利となる。しかも、この輸入枠の配分は農林水産省の裁量によってどうにでもなる。これはカナダもよく承知していることだ。オーストラリア産小麦の輸入だけで輸入枠が確保できないのであれば、これまで輸入してこなかったEU産の小麦を輸入すればよい。
これまで農業はFTA締結の障害物となってきた。今度は農産物の高関税をFTA促進のための手段として使うのである。
もちろん、それでもカナダが参加しないというのであれば、カナダを抜きにしたTPP10とすればよい。
困難な4項目が残されたが、これがTPP11合意の障害となるなら、日本はある程度譲歩しても合意をまとめるべきである。
ガットも類似の貿易自由化交渉で関税の削減、ルールの改善を行ってきた。TPPの内容は将来の交渉で改善できる。また、経済が変化していけば、TPPも改訂せざるを得ない。TPP11の締結は、将来のより高いレベルのTPP・自由貿易圏に向けての一里塚に過ぎないと考えるべきだろう。