コラム エネルギー・環境 2017.11.06
前回、原子力損害賠償の目的のうち、「原子力事業の健全な発達」とは、原子力事故の抑止を意味すると論じた。今回は、比較対象としてアメリカ法について見るとともに、類似する目的規定を有する自動車損害賠償保障法の議論を参照した上で、あらためて「原子力事業の健全な発達」の解釈に立ち戻りたい。
日本では、不法行為法の目的について、被害者の救済とのみ捉えられることが多い。しかし、アメリカ法は、不法行為法(Tort Law)の目的として、被害者の救済と並んで、不法行為の抑止をあげることが通常である。
したがって、原子力損害賠償制度の目的として、被害者の救済と並んで、不法行為=原子力事故の抑止をあげることは、アメリカ法からみれば当然のことになると思われる。
自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)1条は、同法の目的として、「被害者の保護」と「自動車事業の健全な発達」を掲げる。この点で、原子力損害賠償法と類似している。
自賠法制定の審議過程では、「自動車事業の健全な発達」について、「(責任保険制度により)加害者側に一種の自衛手段を講じることができる」(加藤一郎公述人)、「(事業者は)保険に入っておけば、確定した小さな金額を支払うことによって偶然の大きな出費を免れる」(園乾治公述人)とされた(昭和30年6月13日開催参議院運輸委員会公聴会)。この意味について、ある解説によれば、「被害者の保護」と並んで「自動車事業の健全な発達」を目的とした理由は、自動車運輸事業者は、保険を付することにより、一時に多額の損害賠償を負担させられることを避けることにあるという。
しかしながら、原子力損害の場合、損害賠償負担額が損害賠償措置額を大きく上回ることが多く(これに対して、自動車事故の損害の範囲は予測が可能である)、同様の理由は完全には妥当しない。加えて、保険事故から地震等が除外されており(その点は、自賠法の場合も保険約款で除外されている可能性がある)、想定される事故の主たる原因をカバーし切れていない点でも異なっている。
このように、自賠法の目的の解釈は、あまり参考にならないようである。
では、「原子力事業の健全な育成」とは何を意味するのか。
この点、賠償負担額予見可能説は、原子力事業の健全な「育成」に重点を置いていた。しかしながら、原賠法は、原子力事業の育成ではなく、原子力事業の「健全な」育成が目的とされている。この「健全な」という言葉に、より重点を置いた解釈ができないだろうか。
そのような解釈は、原子力事業の性質から導かれる。原子力事業は、施設の機能不全・外来原因の介入などに起因する予定外の操業の結果として、操業上の事故による直接的加害が一定の統計的頻度で生起するといった特別の危険を内包している。このような特殊な危険を内包する原子力事業の遂行に当たっては、単に原子力事業が発達すればよいのではなく、事故を抑止するシステムを内包した「健全な」事業の発達である必要があると考えられる。もしも、そのような法目的を有しない場合、原子力事業の特殊な危険性に照らすと、社会は、そもそも事業の存在を受け入れられない。
このように考えると、「原子力事業の健全な発達」という原子力損害賠償法の目的は、原子力事業者に対して、損害賠償責任(しかも通常よりも要件効果の負担を加重した損害賠償責任)を課すことにより原子力事故を抑止であると考え、「健全」という言葉に重きを置く解釈をとるべきであると考えられるのである。
すなわち、「原子力事業の健全な育成」とは、原子力事業(原子炉の運転等)の安全を確保しつつ、原子力事業を推進することであると考える。このように考えることにより、原子力事業を推進することとともに、原子力事業の安全確保、つまり原子力事故の抑止の観点を取り入れることができると考える。
なお、原賠法の目的として、経済学的な観点から事故の抑止と捉える見解に対しては、法律制定過程で、そのような議論がなされていないことを理由に否定的に捉えることも可能である。しかし、法の経済分析は、1960年(昭和35年)頃からアメリカで始まったアプローチであるので、原賠法(昭和36年成立)や自賠法(昭和30年成立)の制定過程で経済学的な分析がなされないのは致し方ない。
事故の抑止と、原賠法が明記するもう一つの目的である「被害者の救済」=損害の填補との関係を整理すると、事故の前後で役割を区別することができる。まず、事故発生後については、損害填補による被害者の保護を目的としている。これに対して、事故の前については、原子力事故の抑止、原子力安全確保を目的としている(下図参照)。
もっとも、これとは別に、「被害者の保護」の意味として、損害填補と並んで、事故の抑止を目的とすると捉えることも可能であると考える。しかしながら、後記のとおり、不法行為法の目的として事故の抑止を取り込む点については、争いがある。そのため、原子力損害賠償制度の解釈としては、「原子力事業の健全な発達」という文言として抑止の観点をとりいれるほうが望ましいと考えられるのである。