コラム  エネルギー・環境  2017.08.30

原子力損害賠償法の目的-原子力事業者の予見可能性の確保-

 原子力損害賠償法の目的は「被害者の保護」と「原子力事業の健全な発達」である(原子力損害の賠償に関する法律1条)。今回は、この「原子力事業の健全な発達」とは何を意味するのかについて、前回に引き続き検討していきたい。

 この関係で代表的な考えとして、仮に原子力事業者が原子力事故を起こしたとしても、損害賠償の責任を一定額に限定すれば、原子力事業者の財政的負担の見通しがよくなり原子力事業の経営を安定化させることができる、というものがある。以下、この考え方が本当に妥当するのかについて検討してみたい。



1 賠償負担額予見可能説

 原子力損害賠償制度に関する代表的な解説書の一つは、科学技術庁原子力局が監修した『原子力損害賠償制度 改訂版』(通商産業研究社、1995年)である。同書によれば、原子力損害賠償法の目的である「原子力事業の健全な発達に資すること」とは、不測の事態における巨額の賠償負担に対し国が積極的に助成することを明確にすることによって、事業者に予測可能性を与え、もって原子力事業の健全な発達を促進することを意味するとしている。

 要するに、「不測の事態」たる原子力事故が発生した際に、原子力事業者の賠償負担額が予見可能であるという解釈であろう。このような考え方は、「予見可能性説」と呼ばれることが多いが、「予見」の対象が原子力事業者の賠償負担額であることをより端的に示すべく、賠償負担額予見可能説と呼ぶこととしたい。



2 批判

 しかしながら、賠償負担額予見可能説には以下のような問題があると考える。


(1)有限責任ではなく、無限責任であること

 第1に、原子力事故が発生した際に、原子力事業者が負担する損害賠償額が予見可能であることが原子力損害賠償制度の目的であると仮定しよう。その場合、原子力事業者の損害賠償額の上限が予め定まっている必要がある。

 しかしながら、原子力損害賠償法のどこを見ても、「原子力事業者の損害賠償責任は、金○○円を上限とする」などの規定は見当たらない。実は、法律制定の過程で、原子力事業者の責任を有限責任としていた時期の残滓を引きずっているようである。つまり、法律案のある段階までは、原子力事業者を有限責任とする案となっていたために、原子力損害賠償制度の目的を損害賠償額の上限を予め定めることとしても、何の問題がなかった。ところが、法律制定の過程で、原子力事業者の責任が有限責任ではなく無限責任に変更されたにもかかわらず、目的の解釈は、有限責任を前提としたままとなってしまったと推測されるのである(※)。


(2)不法行為法の目的として奇異である

 第2に、原子力損害賠償が、不法行為法の特則であることは、賠償負担額予見可能説も前提としている。しかしながら、一般法と特別法の目的が共通であることも多いことからすると、不法行為法の目的として、企業の賠償負担額の予見可能性を挙げる見解は少ない。

 確かに、不法行為法の目的として、被害者保護と並んで、事故の抑止を上げる見解は多い(諸外国を見ると、アメリカ法ではそのように解されている)。ところが、不法行為法が、被害者が保護と並んで、企業の賠償負担額の予見可能性を目的とするという見解は、被害者保護と正面から衝突する点で、奇異であると感じられる。


(3)事故抑止の機能を弱める

 第3に、原子力損害賠償法の機能として、原子力事故の抑止がある。ところが、原子力事業者の責任を有限とすることは、事故抑止の機能を弱めてしまう。外部費用の一部を適切に内部化しておらず、過剰な活動になるからである。

 外部費用と活動の過剰の関係については、このコラムでも追って詳細に検討する予定なのでここでは簡単に説明する。事業者は、すべての費用を計算した上で(=内部化)活動してはじめて適切な活動レベルになる。費用には、事業者以外の者に与える損害や、与える可能性のある損害(期待損害)を含む。賠償負担額予見可能説では、原子力事業者が賠償責任を負う可能性のある損害額を一定限度にするので、原子力事業者の期待損害(賠償負担額×事故確率)は必然的に小さくなり、そうすると原子力事業者は外部費用の一部(賠償を免れる可能性のある期待金額)を自己の負担として計算せずに(=内部化せずに)済むため、結果として過剰な活動となるのである。



3 結び

 このように、「原子力事業の健全な発達に資すること」について、原子力事業者の賠償負担額の予見性を確保するという解釈は、問題点を含んでいると考えられる。

 そこで、どのように考えるべきかについて、次回以降さらに検討することとしたい。



※法律制定の過程については、小栁春一郎『原子力損害賠償制度の成立と展開』(日本評論社、2015年)が詳しい。