メディア掲載  外交・安全保障  2017.07.28

変わる中国と変わらぬ中国

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2017年7月20日)に掲載

 この原稿は1年ぶりに訪れた北京で書いている。市内の環状道路は朝から晩まで大渋滞。状況は前回よりもさらに悪化しているが、窓の外に見える景色は以前とまるで様変わりだ。たった1年でこの街はかくも変わり得るのか。それにしても、便利になったものだ。原稿執筆からメール送信まで全てがタクシーの車内で可能。まだまだ制約はあるが、中国のネット環境は日本に勝るとも劣らないレベルだ。今回は、ここ北京で見聞きした「変わる」中国と「変わらない」中国について書いてみたい。

 そもそも、なぜ1年間もご無沙汰なのか。実は数年ほど前から、北京に戻る「気力」がうせ始めている。関心がないわけでは決してない。だが、北京で大使館勤務をしていた15年前に毎日感じていた、あのワクワクするようで、どこか恐ろし気で「ディープ」な北京が少なくなった気がするのだ。

 今の北京中心部は高層ビルが立ち並び、高級ブランド店とグルメレストランがひしめくごく普通の大都市になってしまった。昔なら頻繁に見られた路上の不気味な「液体」や横町のいかがわしい「理容店」はもうない。北京の庶民がシャツ一枚で往来していた懐かしい胡同(フートン)は消えてしまい、行きかう人々もどこかよそよそしい。

 中でも驚いたのは北京の飲食店の浮き沈みだ。最近北京ではネット注文の食事配達サービスが大流行で、人気レストランでも以前ほど客は来なくなったという。ネットで注文すると、外食するより安い値段で食事が配達され、しかも支払いまで全てがネットで可能だという。

 されば誰もレストランには行かない。それどころか、最近北京での決済は大体スマホらしく、若者は現金を持ち歩かないというのだ。試しに昨晩、近くのコンビニで買い物をしたが、レジで現金を渡すと、明らかに不愉快そうな顔をされた。これって、間違いなく東京以上に便利ではないか。このままでは北京の百貨店はなくなるとも聞いた。15年前の筆者にはどこか日本の方が先進的で便利だという意識があった。これは今の北京に通用しない。中国は「教える」どころか、「学ぶ」対象になりつつある、現地在住の長い日本人の友人のこの一言が今も忘れられない。

 それでは昔ながらの中国はなくなってしまったのかといえば、そんなことはない。一番ほっとしたのは、相変わらずの自己中心的な自動車運転だ。高速道路上でさえ自動車は頻繁に走行車線を変える。隙あらば強引に割り込もうとするのだ。これを全ての運転手が実行するのだから、渋滞が解消するはずはない。一事が万事、この国に住む人々はこうやって生存競争を生き抜いてきたのだと実感した。彼らの思想には共感しないが、こうした姿勢から学べることは決して少なくないと思う。

 最後に日中関係について。筆者が中国の旧友たちに言ったことはいつも同じだ。


●最近日中関係が双方の努力で、「良くもなく、悪くもない」関係を維持できていることは誠に喜ばしい。

●今年は国交正常化45周年だが、こうした冷めた関係は当分続くだろう。これが「新常態」なのだと達観しよう。

●中国にとって最大の関心事は米中関係、次は中露関係だが、日米関係は順調で中国の思い通りにはならない。

●されば、中国も今は北朝鮮問題を本気で処理し、尖閣や南シナ海で冒険などしない方が賢明ではないか。


 こんなことを書きながら、再び窓の外を見ると、昔住んでいた高層マンションが見えてきた。当時は最新設備を誇ったが、今や普通の中古物件だ。北京という街はこれからも大きく変わるだろう。しかし、日中関係が成熟した大人の関係のまま安定することだけは変わってほしくない。