メディア掲載  外交・安全保障  2017.07.14

テロ対策こそ都知事の仕事

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2017年7月6日)に掲載

 東京都議選で自民党が大敗し、政局化する平和国家・日本とは異なり、イラク・シリアでは本当の戦闘が続いている。イラクでは6月下旬から「イスラム教スンニ派過激組織『イスラム国』(IS)は終わった」「モスル陥落は数日以内」といった楽観論が流れたが、奪還作戦終了後も混乱は続く。戦闘主体がイラク正規軍、クルド治安部隊、スンニ派部族兵やシーア派民兵の混合部隊、これを米軍など有志連合の戦闘機や軍事顧問が支援する。

 一方シリアでは、米国が支援するクルド・アラブ中心の「シリア民主軍(SDF)」がISの拠点ラッカを包囲する一方、米国は「シリア軍が化学兵器攻撃を準備中で、実施すればアサド政権に重い代償を払わせる」と警告するなど緊張が高まっている。

 外務省で中東屋だった筆者には日本のメディアがイラクやシリアに関心を払ってくれること自体、大歓迎だ。以下は筆者の見立てである。


●最大拠点モスルが陥落しても、ISが全体として弱体化するとは思えない。今市内に残っているのは前線の自爆分子であり、高級指揮官や爆弾製造などの技術を持つ者は既に脱出しているだろう。

●ISは組織、領域、思想を有する大規模テロ組織だったが、仮に組織と領域を失っても、思想があればテロは実行可能だ。モスル陥落後ISは必ず報復を狙う。世界に拡散したイスラム至上主義、ジハード主義に基づくテロが減ることは当分ないだろう。

●シリアでは初動ミスのツケが大きかった。アサド政権の不安定化は地域全体の安定を損ないかねない。この不愉快な現実を無視したのだから、今やほぼ手遅れだ。誰が大規模軍事介入をしてもシリア内戦は当面続くだろう。

●過激思想に共感し洗脳されやすい若者を過激主義者のリクルート活動から守ることは難しい。少なくとも、欧州や中東のイスラム教徒のコミュニティーが健全で安定・繁栄しない限り、新たな戦闘員のリクルートはほぼ無限に続く。

●最近欧州で相次ぐテロを見ると、犯行に以前のような宗教性、組織性、専門性が感じられず、一層幼稚化、衝動化、大衆化、アマチュア化が進んでいるように見える。

●先進国でのテロと、現在中東で弱体化しつつあるISとの関連を論じてもあまり意味はない。現在われわれが目撃するテロの原因は「組織」ではなく、「思想」だからだ。

●アジアも状況は欧州と変わらない。フィリピンのミンダナオでの、ISメンバーも参加する戦闘が長期化すれば、同地が事実上の東アジアにおける国際テロの新たな出撃基地となる恐れすらある。

●トランプ政権の入国制限措置は焼け石に水だ。米国内では反対論が根強く、その運用基準もあいまいである。テロ対策というより、米国内政の一側面である一部米国民のフラストレーションの表れだ。それ以上でも以下でもない。

●日本を含む国際社会がすべきことは多い。第1はイスラム教そのものを敵視しないこと。問題は一部の非イスラム的ジハード至上主義思想を弄ぶ輩であり、大多数のムスリムは真面目な一般市民だ。

●第2は、現行の警備手法の限界を知ることだ。テロリストは実に卑劣な連中で、最も脆弱な標的を最も効果的に狙い、最大の恐怖と衝撃を与えようとする。一度狙われたら防ぐことは難しいので、狙われないよう普段からテロリストを抑止するしかない。

●そのためには、国内だけでなく在外邦人のためのテロ対策も含め、膨大な人と時間とカネをかける必要がある。

●東京五輪を控える日本には従来以上の厳しい対テロ抑止・防衛策、情報収集・分析が求められるが、一般市民の意識はそこまで高くない。


 小池百合子都知事、都議会第1党、国政進出も良いけれど、テロ対策こそ中東を熟知する東京都知事の仕事ではありませんか。