メディア掲載  外交・安全保障  2017.06.27

米の「ディープ・ステート」

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2017年6月22日)に掲載

 この原稿は夜明け前のワシントンの定宿で書いている。今回は筆者が所属するキヤノングローバル戦略研究所と米シンクタンク「スティムソン・センター」共催によるシンポジウムでパネリストを務めた。日米の研究者・論客が「日米関係以外の問題」を議論するこのシリーズ。今回のテーマは「ユーラシア戦略」だった。なぜ「日米関係以外」にこだわるのか?

 筆者は冒頭、「日米関係者の、日米関係者による、日米関係者のための会合にはあまり関心がない」と述べた。今の関心は日米関係ではなく、国内分裂が進む米国の新政権が欧州・中東・アジアに対し、戦略的で地政学的に意味のある外交政策を適切かつ効果的に立案・実施できるか否かだからだ。筆者発言のポイントのみ紹介しよう。


●ユーラシアは欧州、中東、東アジアの3つから成り、そこにロシア、イラン、中国という現状変更勢力がいる。

●日本の国益は、自由な国際秩序を維持するため、これら3国の各地域での覇権国家化を阻止することだ。

●イランや中国の覇権国化は原油輸入の大半を依存する湾岸地域とのシーレーン維持という日本の国益を害する。

●欧州の独立・繁栄維持は、対露牽制だけでなく、中東地域の安定にも資するため日本の利益となる云々。


 アジア専門家の多い聴衆がどの程度理解したかは不明だ。

 それにしても、米国内の混乱は予想以上に深刻だった。筆者の空港到着数時間前、これを象徴する事件が起きている。ワシントン郊外の野球場で早朝、共和党議員などを狙って反トランプの民主党支持者の男が銃を乱射、銃撃戦の末、下院院内幹事ら5人が負傷したのだ。翌日彼らは恒例の議会民主・共和両党対抗チャリティー野球試合を控えていた。射殺された犯人は保守系共和党議員6人のリストを持っていた。明らかに政治目的の暗殺未遂事件だ。

 いくらトランプ嫌いとはいえ、民主党支持の白人老人がこんな事件を起こすとは誰も予想しなかった。その日と翌日だけは民主・共和両党とも「暴力に屈しない」と団結を誓っていたが、その後直ちに泥仕合が再開された。ロシアゲートをめぐる親トランプ・反トランプの溝が簡単に埋まるとは到底思えない。

 ホテルにいる間、テレビで親トランプのFOXニュースと反トランプのCNNを10分おきに見比べた。驚いたのは保守系のFOXニュースが「ディープ・ステートの報復、トランプ政権崩壊を望む」といった扇情的見出しの報道番組を終日繰り返し流していたことだ。ディープ・ステートとは「闇の国家」などと訳され、政府内の一部機関や組織が時の政治指導者の文民統制に従わず、勝手な行動をとる状況を指す。

 FOXテレビの有名なニュース・ホストによれば、「先月トランプ大統領に解任された前FBI長官も、司法省の副長官や特別検察官も、全ては『ディープ・ステート』の一員であり、選挙で選ばれたトランプ氏に対するクーデターをたくらんでいる」のだそうだ。

 面白いと筆者も書き始めたが、さすが産経新聞、ワシントン特派員が既に「ポトマック通信」で紹介していたことが判明した。彼の言う通り、一見信じ難い「陰謀論」なのだが、FOXのようなメディアが終日繰り返し報じれば、FOXしか見ない普通の視聴者はそれを信じるだろう。筆者ですら、保守系議員や知事などの、そうした発言に「なるほどね、そうだったのか」と洗脳されそうになるから結構恐ろしい。

 こう考えると、荒唐無稽と思えるトランプ氏の戦術も、意外に効果的なのだ。民主制度がポピュリズムや偽情報による洗脳に対していかに脆弱か、今回よく分かった。日本も例外ではない。