メディア掲載  外交・安全保障  2017.05.19

欧州民族主義はどこへ行く

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2017年5月11日)に掲載

 「ハーフエンプティ、ハーフフル」なる表現がある。グラスの水は「半分しかないか、半分もあるのか」という意味だ。仏大統領選の結果を見ながら、ふと、この言葉を思い出した。経済専門家は「親欧州・新自由主義的政策を掲げた中道マクロン氏の選出は世界経済や市場にとり朗報」と評価する。欧州連合(EU)分裂、保護主義傾斜のリスクは後退したと見るらしい。EU諸国はおおむね安堵(あんど)し、独外相は「ナショナリストやポピュリストなど反欧州勢力に抵抗できることを示した」と手放しで評価している。

 しかし、本当にそうなのか。へそ曲がりの筆者の現時点での見立てはこうだ。

 某公共放送は「仏大統領選 マクロン氏勝利、極右政党のルペン氏破る」と報じたが、この表現には違和感がある。極右(far right)とは極端に右翼的な思想・個人・集団であり、対義語は極左だ。日本語で極左といえば、1960~70年代の左翼暴力集団を思い出すが、少なくとも現在の欧州「極右」政党の多くは非合法活動を行わない。十把ひとからげに扱うのはいかがなものか。この点、某通信社の記事はもっと正確だ。米大統領就任式翌日の1月21日、「欧州各国の極右、右派ポピュリスト政党党首らの会合がドイツ西部コブレンツで開かれた」と報じ、極右と右派大衆迎合主義を区別したからだ。されば、本稿でも「極右」ではなく「右翼」を使おう。

 このコブレンツ会合に出席したのはドイツのための選択肢(AfD)、オランダ自由党、オーストリア自由党、フランス国民戦線、イタリア北部同盟の各党首。彼らの主張は、EU内の移動の自由を保障したシェンゲン協定の廃止▽不法移民の取り締まり強化と本国への送還▽ユーロ通貨の廃止と各国間経済格差の是正▽EU解体と各国の国家主権の回復―など、共通点も多いが、話はそれほど単純ではない。

 オーストリア自由党結党は1956年だが、80年代以降ドイツ民族主義的傾向を強めた。昨年12月の大統領選では緑の党前党首に敗れた。

 オランダ自由党結党は2006年。男女平等の促進や同性愛者の権利拡大などの左派的政策も主張する。今年3月の下院選では伸び悩んだ。

 イタリア北部同盟の結党は1980年代後半。本来の目的は労働者保護と地方分権など左翼的主張も少なくないが、最近、党勢は低迷している。

 独AfDは2013年、ギリシャ経済危機を契機にEU離脱などを掲げ結党し躍進したが、ネオナチなど極右排外主義とは一線を画している。

 これに対し、仏国民戦線は1972年、現ルペン党首の父親が結成。近年、現党首は穏健路線を模索し2015年には父親を除名している。

 以上から推測できることは多々ある。例えば、右翼と左翼は親和性があり、時に相互互換的ですらある▽両者に共通する目標は、一般庶民の不満の解消である▽各国の状況は異なるため、躍進は必ずしも伝播(でんぱ)しない▽他方、各国で大衆の不満が高まれば、容易に伝播する。

 最後に、以上を前提に筆者の見立てを書こう。

 今回の仏大統領選後、欧州での民族主義・大衆迎合主義は「ハーフエンプティ、ハーフフル」、すなわち「後退が始まったか、今後も続くか」のどちらなのか。筆者は後者と見る。今回ルペン候補が決選投票に残っただけでなく、総得票の3分の1以上を獲得したことを過小評価すべきではない。

 2017年はともかく、今後のフランス内政は要注意。今更言っても仕方がないが、筆者が痛感するのは仏語、独語、露語など欧州言語能力の不足だ。英語や日本語だけでは欧州情勢を理解できない。欧州専門の優秀な後継者養成が望まれるところだ。