メディア掲載  外交・安全保障  2017.04.19

朝鮮半島緊張・・・日本も準備を

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2017年4月13日)に掲載

 「大統領が危機を作るのではない。危機が大統領を作るのだ」。40年前の米国留学時代にある教授から聞いたこの言葉を改めて反芻している。

 先週米国が巡航ミサイルでシリア空軍基地を攻撃した。露・イランは猛反発、中朝は米の強硬姿勢に慄(おのの)き、同盟国は安堵した。ホワイトハウスの内紛と人事刷新の可能性がささやかれ、トランプ政権の「米国第一」政策終焉やシリア内戦介入の是非が議論されている。一部メディアは「バノン氏の影響力低下」「米中首脳会談で大きな進展」「米国の対北朝鮮攻撃は間近」などと報じているが、筆者の見立てはちょっと違う。

 それにしても、僅か数日で米国の大統領はかくも変わり得るのか。武力攻撃に至る経緯を時系列で振り返ろう。時間は全て米国東部時間だ。

 

3日夜、シリア北西部で化学兵器による攻撃発生。

 

4日、大統領に第一報。バノン首席戦略官、国家安全保障会議(NSC)を外れる。

 

5日、トランプ氏「レッドライン」を越えると発言。

 

6日、習近平国家主席、フロリダ到着。夕刻、NSCが攻撃を最終決定。夕食後、トマホークによる攻撃発表。


 まずはバノン首席戦略官について。「米国第一」を主張する同戦略官は攻撃に反対し、賛成するクシュナー上級顧問との対立が顕在化した。衝動的に決断する癖のあるトランプ氏は「責任は自分にある」と述べ、攻撃を選んだ。反対したバノン氏がNSCを外れたのは当然だが、これで同氏の影響力が変化・低下したと見るのは時期尚早だ。

 今回の攻撃で最も変わったのはトランプ氏自身である。毒ガスで死亡した幼児の映像を見て決意したというが、恐らくはシリア・北朝鮮という重大危機に遭遇し、衝動的に「変節」した結果だ。選挙モードのトランプ1.0だけでは政権維持が難しく、統治モードの2.0も必要と直感したのだ。マクマスター補佐官の下でNSCが統治モードに移行すれば、トランプ1.0であるバノン氏が外れるのは当然。一方、これでトランプ氏が1.0から2.0に移行したわけではない。2020年大統領選での再選を目指すトランプ氏は1.0を放棄できない。バノン氏はトランプ当選の原動力である白人労働者層のチャンピオン。彼が政権を去れば再選は望めない。「即興統治」を好む大統領は今後も中間の「トランプ1.5」を続けるに違いない。

 続いて米中首脳会談だが、非公式とはいえ、かくも成果の乏しい首脳会談も珍しい。共同会見も共同文書もなく、今回は対シリア攻撃報道に埋没してしまった。世界の指導者然と振る舞いたかった習近平主席の心中を察するに余りある。習氏は「深い交流ができ信頼関係を構築できた」とし、トランプ氏も「大きな進展があった」と述べた。当然だろう。再選を目指す党大会の年に行われる総書記(習主席)の訪米に失敗はあり得ないからだ。

 最後に、対北朝鮮軍事攻撃の可能性について。米側は対シリア攻撃につき「中国側が理解を示した」と説明したそうだ。米国の対シリア攻撃は露とイランだけでなく、中国と北朝鮮への強烈なメッセージとなったが、これで米国の対北朝鮮攻撃が間近になったとは思わない。

 トランプ氏は「中国が解決しないなら、米国がやる」と述べたが、その真意は対北朝鮮制裁の対象を中国人と中国企業にも拡大することだろう。理由は簡単、「金正恩(キム・ジョンウン)」は「アサド」や「オサマ」ではなく、対北朝鮮攻撃は一つ間違えば朝鮮戦争パート2となるからだ。空母を朝鮮半島近海に派遣し、米国は力を誇示するが、北朝鮮はもちろん、中国も米国の要求を直ちに受け入れる気はないだろう。一方、中朝とも米国との戦争は望まない。当分「情報戦」が続くのだろうが、日本も万一の準備だけは怠ってはならない。