日本では「2月13日に北朝鮮の金正男(キム・ジョンナム)氏らしき人物がクアラルンプールで死亡した」事件につきおびただしい量の未確認情報が流れている。このうち現時点で確認されたのはVXの使用ぐらい。これに対し、筆者の関心は今もトランプ新政権の外交政策だ。この関連では、先週2月23日、ワシントン近郊で重要なイベントが開かれた。トランプ政権の黒幕ともいわれるバノン首席戦略官とプリーバス首席補佐官が米保守系団体の年次総会にそろって出席したからだ。当然、米国中の政治家や政治ジャーナリストが注目した。この2人、巷(ちまた)では「仲が悪く、対立している」と噂されてきた。その両氏が一緒に壇上に登り、笑顔でお互いを称賛し合った。もちろん、不仲説を一蹴するための政治ショーにすぎない。それよりも筆者は2人、特にバノン氏の発言に注目した。
秘密主義のバノン氏が公の場に出席しインタビューを受けるのは、恐らく初めてではないか。これまでも同氏の考え方については断片的ながら多くの記事が書かれてきた。だが、本人自身が「バノン哲学」をこれほど分かりやすく語ったことはない。キーワードは「脱構築」、英語ではデコンストラクションという。静止的構造が前提のプラトン以来の伝統哲学に対し「常に古い構造を破壊し新たな構造を生成する」と考え、哲学をより動的に捉える20世紀以降の新潮流だ。バノン氏の最新の発言を幾つか紹介しよう。
● 第二次大戦後の(ユダヤ・キリスト教的)政治経済的コンセンサスは崩壊しつつある。
● これら旧システムは米国東岸・西岸に住む政治エリートや国際機関のためのものだ。
● 旧体制に代わり、米国内陸の一般庶民に権力を与える新システムを構築すべきだ。
● それには既存の税制・規則・貿易協定からなる「行政国家」の「脱構築」が不可欠だ。
● トランプ政権の基本的政策はこうした「経済ナショナリズム」である。
● これに断固反対するのが、コーポラティスト(協調主義)・グローバリストであるメディアだ。
● トランプ政権には妥協も穏健化もない。行政国家の脱構築は終わりなき戦いである。
要するにトランプ政権は、その経済ナショナリズムに基づき、既存のエリートに支配された第二次大戦後の国内・国際システムを脱構築し、メディアを含む既存のエスタブリッシュメントから一般庶民に権力を取り戻すための戦いを永遠に続ける、ということらしい。確かに、バノン氏は件(くだん)の集会で、戦いは「4年ではなく、40年続く」と強調していた。毛沢東の「永久革命論」にそっくりではないか。
トランプ氏について筆者は昨年末からいろいろ書いてきた。
● どうやら彼は本気らしい。
● 従来の枠内での「連続的」思考では理解できない。
● 新外交安保チームは3グループに分かれ迷走している。
● 一貫性ある政策立案・実施は期待できそうにない。
しかし、今やトランプ氏とその側近の考え方がようやく明確になりつつある。彼らは既存のエリート型の統治など関心がないのだろう。特にバノン氏にその傾向が強い。今彼が戦っている戦争は第二次大戦後の秩序に対するものであり、米国第一の新たな秩序を作ろうとしている。哲学的にそう考えるのは勝手だが、それを実践しようとすれば恐ろしい結果を招く。
バノン式の永久革命論は、米国の国際的関与を低下させ、世界中の「ダークサイド」、すなわち醜く不健全なナショナリズム・ポピュリズムを不必要に鼓舞し、世界全体を不安定化させる恐れがある。トランプ政権が続く限り、こうした危険が続くことを覚悟すべきだろう。