メディア掲載  外交・安全保障  2017.02.22

エストニアから見た日米同盟

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2017年2月16日)に掲載

 先週はモスクワからエストニアの首都タリンを初めて訪れた。この国名を知らない人でも、元大関把瑠都(ばると)の出身地と聞けばイメージが湧くだろう。この国はバルト海東部に位置する戦略的要衝。北の対岸はフィンランド、西はスウェーデン、東に進めばロシアのサンクトペテルブルクがある。エストニアほど激動の欧州史に翻弄された国も少ないだろう。

 13世紀にデンマーク人が植民、14世紀にはドイツ騎士団が進出し、タリンはハンザ同盟の一員として繁栄した。その後17世紀にスウェーデン領となったが、18世紀の北方戦争の結果ロシア領となる。ロシア革命後初めて独立を宣言するが、1940年にはソ連に占領されてしまった。それから半世紀後の1991年ようやく独立を回復するが、歴史上独立を維持した期間は僅か50年にも満たない。言うまでもなく、エストニア史上最大の潜在的脅威は「ロシア帝国」なのである。

 日曜日の朝、東京からの電話取材で目が覚めた。早速CNNを見たら、北朝鮮が弾道ミサイルを発射し、フロリダで日米首脳が北朝鮮を非難したと報じていた。トランプ氏が「米国は偉大な同盟国日本を百パーセント支持する」と述べる姿を見てしばらく考え込んだ。ロシアに対する思い入れが深いトランプ氏は果たしてエストニアに対しても「この偉大な同盟国を百パーセント支持する」と明言するだろうか。

 その直後に当地有力紙国際部長からインタビュー取材を受けた。冒頭筆者はこんな問いをぶつけてみた。

 「貴国はトランプ氏に『エストニアを百パーセント支持する』と言わせることができると思うか」

 くだんの国際部長はしばし沈黙した後、今回日米首脳会談が成功した理由を聞いてきた。筆者の回答は以下の通りだ。

 この論争が決着することは当面なさそうだが、今のワシントンには一つだけコンセンサスがある。それは1945年以降、世界各地で作られ維持されてきたシステムが今、音もなく崩壊し始めているのではないかという疑念だ。ブルッキングス研究所はこれを「自由な世界秩序の黄昏(たそがれ)」と呼んだ。筆者は今回の出張中次のように説いて回った。

● 第1に、東アジアの戦略環境は近年悪化しつつあり、中国は東シナ海、南シナ海で自己主張を拡大している。されば、日米の首脳が誰であれ、同盟関係に基づく従来の発言を繰り返すのは当然だ

● この背景として、トランプ政権の戦略的優先順位がロシアから中国に移りつつある可能性を指摘できる。この点、エストニアを含むNATO(北大西洋条約機構)諸国に対するトランプ氏の立場は、東アジアに対するものと微妙に異なるだろう

● 第2の理由は、トランプ氏が従来の「選挙モード」から「統治モード」に移行しつつある可能性があることだ。ただし、同氏の「統治モード」が恣意(しい)的、選択的であることには十分留意が必要だ

● 最後に言えることは、安倍晋三首相とトランプ氏の相性が良いことだろう。少なくともオバマ前大統領よりははるかに良さそうだ。相性というならメイ英国首相は大丈夫そうだが、他の欧州首脳については未知数としか言えない

 この後もインタビューは続いたが、この辺で本題に戻ろう。日本とエストニアには共通点が少なくない。それは、共に力による現状変更を志向する大国を隣国に持ち、自由、民主、法の支配といった普遍的価値を共有するが、同盟国である米国の抑止力に依存せざるを得ないからだ。一方、相違点も多い。エストニアの懸念はロシアだけだが、日本の懸念はロシアと中国の2カ国だ。エストニア陸軍は3千人で抑止力はNATO軍に全面依存するのに対し日本は陸海空24万人の自衛隊が米軍と連携する。そもそも海に守られた日本と違い、エストニアはロシアと直接国境を接するので、危機意識は日本よりもはるかに高い。

 今回の日米首脳会談に対するエストニアでの関心は異常に高かった。他のNATO加盟国も同様だろう。トランプ氏の大統領就任で誰もが疑心暗鬼になっている。こうした中で日米同盟が欧州の東端でも注目されている。隔世の感とは正にこのことだ。