メディア掲載  グローバルエコノミー  2017.01.26

農業労働問題の本質は何か?

『週刊農林』第2303号(1月5日)掲載
外国人労働者と農業界のご都合主義

 農業就業者が減少し、また高齢化が進行している。農業界の人たちは、しばらくすると農業に従事する人がほとんどいなくなってしまうのではないかという危機感を持っているようだ。農業の現場では、農家数が減少して規模拡大が進むが、農業に就業する労働者を雇用できなくなると、農業経営に支障をきたす恐れがある。農協、土地改良区や農林水産省の人たちはこれとは別の心配をする。農業人口に応じて農業票も少なくなると、彼らの組織に必要な補助金などの予算を獲得できなくなるかもしれないからだ。しかし、他の産業では考えられないほどの手厚い新規参入政策を講じていながら、農業人口の減少に歯止めをかけることはできない。根本の原因を理解していないからだ。

 困り抜いた末、外国人労働者が必要だと言う。直ちに農業票にはつながらないかもしれないが、農業現場の声には答えることができる。しかし、外国人労働者が入ってくると、雇用が奪われてしまうというTPP反対論があった。実際には、TPPで単純労働者が入ってくるようなことはないのだが、農産物が関税なしで入ってくることを恐れた農業界は、このような反対論と連携してTPPに反対した。TPPが発効せず、農産物の関税削減も米などの輸入枠の設定もしなくてすむことが明らかになった今、今度は外国人労働者をどんどん受け入れるべきだと農業界は主張するのだろうか?農産物は拒むが、外国人労働者は進んで受け入れるというのは、自分たちさえ良ければよいという身勝手な考えではないだろうか?



不適正な外国人技能実習制度の運用

 私はかつて農林水産省の課長時代、外国人技能実習制度を担当したことがあった。しかし、この制度を巡っては、新聞沙汰や刑事事件になるような数々のトラブルがあった。研修生が研修先の農業経営者を刺殺したという痛ましい事件もあった。

 この制度は、日本で高度な技能を取得して、本国に帰って出身国の経済発展に貢献するという趣旨のものだった。しかし、この制度を利用している人たちの多くの本音は、これとは異なっていた。日本に自国で働くよりも高い賃金報酬を求めてやって来る外国人、この人たちを安い労働力として最大限活用したいと考える日本の農業経営者の双方が、制度の趣旨とは、かけ離れた行動をとる例が少なくなかったように思う。農林水産省のホームページで紹介されるような理想的な事例ばかりではない。外国人技能実習制度適正化法が11月に成立した背景には、外国人実習生に対し劣悪な労働条件の下で安い報酬しか払わないなどの人権問題があった。

 外国人技能実習制度は、日本で高度な技能を取得することを建前としている。これに対して、単純労働者の流入は認めていない。安い外国人労働者が入ってくることへの反対が、労働界に強いからである。今回手が上がっている国家戦略特区は、この単純労働者の受け入れを認めようというものである。しかし、特区だからと言って、外国人労働者に日本人よりも安い賃金を払ったり、不当な労働条件を課してよいわけはない。

 外国人労働者を受け入れることによって安い労働を得られると思っているのかもしれないが、かりにそれが可能だったとしても、異なる文化や慣習を持つ人たちが、我々の社会に入ってくることのコストを考慮する必要がある。しかも、このコストは外国人労働の提供によって利益を得る農業経営者とは関係のない人も含め、地域の人たちすべてが、負担しなければならない。

 他方で、外国人技能実習制度適正化法に基づき政府がまとめた基本方針の原案では、日本人との待遇格差の禁止、違法な長時間労働の禁止、報酬からの不当な経費天引き、実習生の意思に反して帰国させることの禁止など、実習生の人権を守るという観点からは、当然のことが規定されている。逆に言うと、この当たり前のことすら、今まで守られてこなかったから、同法が制定されたのだろう。

 新制度では、受け入れ期間が現在の3年間から5年間に延長される。しかし、期間が延びれば報酬の上乗せも必要となる。12月15日付け朝日新聞夕刊は、これ以上報酬が上がると受け入れはきついという農家の本音を紹介している。外国人実習生を訓練するというより、彼らに安い労働の提供を期待しているのである。外国人技能実習制度の趣旨と明らかに反することを要求することは邪道であり、いつまでたっても制度実施の適正化は図られない。外国人実習生を労働者として使うことは行うべきではない。邪道ではなく、まっすぐな王道を歩くべきだろう。



農業労働問題の根本原因

 具体的な対応策を検討する前に、農業労働問題の現状と根本的な原因を探ってみよう。これがわからないと対策も講じられないからである。 次の図は1955年から10年ごとの農家、農業従事者の推移を示している。



農家数と農業従事者の推移

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注:1985年以降、農家数は販売農家数を、農業従事者数は販売農家のうちの農業従事者数を指す。
出所:農林水産省「農業センサス」

 1985年以降は販売農家(年間販売額が50万円以上の農家はすべて対象)に限定されているが、農家戸数は604万戸から133万戸へ、農業従事者数は1932万人から340万人へ、それぞれ大きく減少している。特に減少が著しいのが農業従事者数である。

 同時に農業者の高齢化が進行している。1960年当時、60歳以上の高齢農家の比率は2割程度だった。次の図が示すように、現在では、農業者のうち70歳以上が約半分、60歳以上が約8割を占めている。しばらくすると農業者がいなくなるのではないかという心配がある。



農業者の年齢構成(2015年)

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出所:農林水産省「農業センサス」

 もちろん、今いる農業者が高齢化しても若い農業者が参入してくれば、農業者全体としては高齢化しないし、農家人口も減少しない。しかし、2014年で新規に就農した人は農業従事者の1.7%に相当する57,650人に過ぎない。高齢農業者が引退するのに、これを補充するような新規就農が生じないので、農業人口は減少する。しかも、新規就農者のうち、60~64歳が13,850人、65歳以上が12,710人で、46%が60歳以上である。つまり、日本の新規就農は、60歳で定年退職した人たちが実家の農家を継いでいるというのが約半分近くに上っているのである。80歳以上の人が農業をリタイヤして60歳以上の人が参入するというのが新規就農の実態である。高齢農業者の再生産である。

 もちろん、若年者の就農もないわけではない。これらの人は自宅への就農という形だけでなく、農業法人に雇用されるという形で新規就農している。これを新規雇用就農者と呼んでいる。新規雇用就農者の多くは若年層である。

 

 しかし、以上のような全国的な動きとは無縁な村がある。人口減少で全国のほとんどの自治体が消滅されると言われたが、秋田県で唯一存続できると判定された自治体がある。ほぼ全戸が農家である大潟村である。

秋田県大潟村の平均農家規模は20ヘクタール以上である。夏場の稲作だけで1,000万円以上の所得があるので、農家の子弟は東京の大学で勉強しても卒業後は大潟村に帰って農業を継ぐ。これが大潟村が消滅しない理由である。

 後継者がいなくて今の農家が高齢化するのも、農業就業者が減少するのも、耕作放棄地が増加するのも、理由は簡単である。農業収益が低いからである。しかし、この単純な理由が、政策担当者にはまったく理解できていない。したがって、根本の原因や問題に手を入れるのではなく、新規就農者への補助といった政策しか思いつかなくなるのである。