メディア掲載  外交・安全保障  2017.01.25

石炭は石油を超えられるか

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2017年1月19日)に掲載

 「人生はチョコレート箱のようだ。何が出るかは開けてみないと分からない」。筆者が好きな映画「フォレスト・ガンプ」のセリフだが、この格言はそのまま米国政府にも妥当する。20日はドナルド・トランプ氏が第45代大統領に就任する日だ。過去10回大統領選を見てきた筆者も今回ほど混乱した政権移行は記憶がない。今後も諸外国は米国に振り回されるだろう。

 特に、筆者が懸念するのは中東情勢だ。トランプ政策の柱が減税、インフラ整備、エネルギー増産、イスラム過激主義打倒だとすれば、米国が世界のイスラム教徒を再び敵に回す可能性も排除できない。そうなれば、今後米本土や欧州中東で予測を超えるような大規模テロや政治的地殻変動が起きても何ら不思議はない。筆者のごとき中東屋には「原油断絶」という悪夢が再びよみがえってくる。これは一種の職業病だろうか。

 そんな時、日本には石油ではなく、石炭を使った革新的発電プロジェクトがあるという話を耳にした。「石炭火力発電=二酸化炭素増加の元凶」という一般イメージとは違い、新技術による石炭火力発電システムは従来とは大きく異なる。しかも、既に技術開発段階を終え、実証試験が始まりつつあるというのだ。

 事実なら1970年代のオイルショック以来変わらないエネルギー面でのわが国の中東「依存症」解消の可能性も見えてくる。78年に外務省に入り、アラビア語専門となった筆者にとっては文字通り夢のような話。しかし、本当なのだろうか。半信半疑のまま実証試験発電所を訪れたのは新年早々のことだった。

 場所は広島県南部の瀬戸内海に浮かぶ小島、ブルーベリーでも有名な大崎上島町だ。既存の発電所内に巨大な施設が出来上がっており、既に試験運用も始まっていた。発電や化学反応関連の技術に疎い筆者が理解できた新技術の概要はおおよそ次の通りだ。

 〈石炭は燃やさずガスにする〉新技術の核心は石炭ガス化だ。特殊な炉の中で粉状の石炭に酸素を加え熱と圧力を加えると、一酸化炭素と水素からなる高温の可燃性ガスができる。このガスでガスタービンを回し発電するという。

 〈ガスだけでなく蒸気も使う〉高温ガスを用いて熱回収ボイラーで蒸気を発生させ、別途蒸気タービンを回し、さらなる発電を可能とする。ガスと蒸気を併用することで発電効率をさらに高めるのだ。

 〈水素ガス燃料電池で発電〉このプロジェクトでは、空気ではなく酸素を用い石炭をガス化する。この石炭ガスの一部からさらに純度の高い水素ガスを分離し、ゆくゆくはその一部を燃料電池の燃料として利用する。燃料電池を使い、さらなる発電の高効率化が期待できるらしい。

 専門家によれば、石炭は82%をガス化でき、発電効率は55%以上、二酸化炭素も30%削減可能だという。もちろん新技術でも二酸化炭素排出はゼロではないが、成功すればその地政学的、戦略的意味は極めて大きいと実感した。

 まず第1に、発電の脱石油化が進み、中東地域への原油の過度な依存が低下する。第2に、安価で供給先も多様な石炭を効率的に活用でき、単位当たりの二酸化炭素排出量も減少する。第3に、水素ガス燃料電池の普及を一層促進できる。最後に、石炭ガス化の分野で技術的優位に立ち、将来のインフラ輸出の可能性も広がる。結構優れものだ。

 もちろん克服すべき技術的問題は少なくない。しかし、石炭が石油を超える可能性があることを理解できたからか、見学後は少し楽観的な気分になった。トランプ政権の下で今後起こるさまざまな混乱を思うとき、石炭ガス化複合発電のような先端技術の積み重ねは、日本のエネルギーのみならず、外交力にも多大な影響を及ぼし得ると感じた。やはり、科学技術の進歩は偉大である。