メディア掲載  外交・安全保障  2017.01.10

「非連続的」思考のススメ

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2017年1月5日)に掲載

 謹賀新年、今回の原稿はワシントン発サンフランシスコ行きの機中で書いた。過去1年で5度目の米国出張だったが、大統領選後わずか2カ月でワシントンは大きく変わってしまったようだ。これまでの「連続的」思考を重ねるだけでは先が読めないことを痛感した。2017年、米国と世界はどこへ向かうのか。

 全てが異常に見えた大統領選は終わったが、振り返ってみれば、昨年の選挙は一種の「文化大革命」だった。過去数十年間、政治家、官僚、ロビイスト、ジャーナリストを中心とするワシントンの住人は、自分たちこそが全てを知り、誰よりも賢いと信じてきた。この傲慢で思い上がったワシントンのシステムを今「トランプ現象」が破壊しようとしている。

 オバマ現大統領は自らの政治遺産を確定すべく最後のあがきを試みた。対するトランプ次期大統領は前政権の決定をことごとく否定・撤回していくのだろう。選挙戦の形式的な敗者はクリントン候補だったが、真の敗者はワシントンの住人たちだ。今の惨状は、トランプ・アウトサイダー政権誕生で、民主・共和を問わず、従来の枠内で「連続的」思考しかできない人々が行き場を失った結果である。

 一方、トランプ政権の全体像はいまだ見えてこない。外交安保チームはイスラエルとロシアに厳しく、中国に弱腰でイランには優しいオバマ外交そのものを完全否定するつもりだ。トランプ氏の側近、宗教的戦士と日和見的専門家からなる同チーム内には共通の政策がない。どうやらトランプ外交を理解するには今までの常識にとらわれない「非連続的」思考が必要らしい。

 残念ながら、世界には懸念すべき事象が少なくない。欧州方面ではベルリンで起きたテロがメルケル独政権に与える悪影響が気になる。今年は仏大統領選、独の総選挙など重要政治日程がめじろ押し。最近プーチン政権は仏、エストニア、モンテネグロなど欧州諸国で極右勢力を支援するなど内政干渉まがいの行動が目立つ。

 欧州のダークサイド台頭が全てロシアの仕業とは言わないが、米大統領選でもロシア情報機関の関与が指摘された。ロシアが国家レベルで欧米、なかんずくNATO(北大西洋条約機構)やEU(欧州連合)の分断を狙っていることは疑いがない。ロシアの脅威に関するトランプ氏と米国の外交安保専門家との認識の差は想像以上に大きい。

 東アジアではトランプ政権の対中政策が最も気になる。台湾総統との電話会談、「一つの中国」政策への疑問、対中強硬派主導の国家通商会議新設など、新政権は対中政策を本気で見直すようだ。ここで万一、トランプ政権の手法が思慮を欠けば米中衝突の可能性が現実となるだろう。

 中東方面では米イスラエル関係の行方が気になる。両国間には西岸での入植地問題を「国連安保理で議論しない」という暗黙の了解があったはずだが、今回オバマ政権はこれをほごにした。トランプ政権が親イスラエル路線に復帰し、米大使館をエルサレムに移転すれば、再び大混乱に陥るだろうが、ここでも「連続的」思考は役に立たない。ではどうすべきか。

 「非連続的」思考の鍵は基本への回帰だと思う。典型例を挙げよう。米マサチューセッツ工科大の研究によれば、今回トランプ氏の勝利に貢献した白人労働者層有権者の多くはメディアやインターネットをほとんど利用していないという。これが事実であれば、マスコミも世論調査会社も、ネット社会から隔絶された彼らが見えていなかったのだ。変化の時代だからこそ基本に戻る。誰もが当然と考える常識を疑い、改めてゼロから洗い直す。非連続的思考とは、こうした地道な知的作業の積み重ねによって初めて可能になるようだ。