メディア掲載 グローバルエコノミー 2017.01.06
12月13日の日経新聞の社説は「コメの減反廃止を看板倒れにするな」とする社説を掲載した。2018年から減反を廃止する予定なのに、減反を強化する政策を実行しようとしているのはおかしいという主張である。減反廃止は私の長年の主張であり、異存はない。ここで問題にしたいのは、政府が減反を廃止するという、この社説の前提である。
2013年、政府与党は減反(生産調整)を見直した。これは、政権に復帰した自民党の農林族議員と農林水産省が合意したものだった。ところが、ある新聞が、農林族議員や農林水産省に照会もしないで、これを減反廃止と一面で報道し、他の主要紙もこの報道に追随した。
安倍総理や官邸は、自民党の農林族議員と農林水産省による、この政策決定にほとんどタッチしなかった。しかし、安倍総理は、これを減反廃止だと打ち上げた。40年間だれもできなかったことをしたのだと胸を張った。国会の施政方針演説だけでなく、スイスのダボス会議にも出かけた際も、これをアピールした。
減反廃止という報道が行われた直後、私が農林水産省の担当課長に「今回の見直しは減反廃止ではないではないか。なぜ間違ったことを言うのか」と問い詰めると、彼は「私たちは減反廃止など一言も言っていない」と、迷惑そうに反論した。
農協の機関紙である日本農業新聞が、この問題では、最も正確で冷静な報道をしていた。
同紙は減反(生産調整)が必要だとする林農林水産大臣(当時)の国会答弁をアンダーラインして紹介していた。当時私は、日本記者クラブで講演した際、司会者の方から「不思議なことがあるものです。今回の減反見直しについてだけは、農林水産省、農協と山下さんが一致しているのです」という、奇妙な紹介を受けた。
後に、安倍総理は、2014年2月の衆議院予算委員会で、野党議員から生産調整(減反)の必要性を強調する自民党農林幹部や農林水産省の発言と自己の発言の食い違いを指摘され、一般の人にわかりやすく発言しただけだとして、減反廃止発言を撤回した。これは、安倍総理が国民に間違った発言をしていたことを国会の場で認めたことになるので、大きく報道されるに違いないと思ったが、そうではなかった。
こうして、行われもしない〝減反廃止〟が定着してしまった。つい最近も、私がテレビで減反を廃止すべきだと主張すると、キャスターの方から減反を廃止することは決まっているのではないですかという発言をいただいた。
2013年、減反廃止報道が飛び交う中で、私は著名な経済学者や官僚OBの人から、「あの報道は本当なのですか? 戦後農政の中核である減反・高米価政策が、簡単になくなるとは、思えない。株式会社の農地取得ですら認めない農政が、減反の廃止を進んで提案するなんて信じられない」と質問された。
私の答えはこうだ。
「その通りです。マスコミ報道は、完全に間違っています。食管制度が廃止されたのは、ガット・ウルグアイ・ラウンド交渉があったからです。減反や高米価政策の廃止という農政の大転換を行うには、相当な環境変化がなければなりません。そんなものは、今ありません。TPP(環太平洋経済連携協定)で米の関税は撤廃しないというのだから、減反を廃止して米価を下げる必要はありません。減反は廃止するどころか、強化されます。一連の報道は、減反の本質が何かを全く知らないために起こった誤報です」。私の説明に彼らはうなずいた。
減反とは、農家に補助金を与えて、米の供給を減少させ、米価を高く維持する政策だ。これこそ、農協、農林族、農林水産省の〝農政トライアングル〟にとって最も重要な政策だ。
高米価でコストの高い零細な兼業農家が、米農業に滞留した。これは農業票を維持しただけでなく、兼業所得の農協口座への預金で、農協を日本第2位のメガバンクに押し上げた。
減反廃止とは、供給の増加による米価の低下である。これは、農協を改革するより、はるかに大きな改革となる。もし、自民党・政府が減反廃止を提案したのであれば、農協や農村はハチの巣を突いたような騒ぎとなり、東京の永田町や霞が関には、ムシロ旗が立っていただろう。しかし、農協も農家も、極めて平穏だった。なぜか? 自民党・政府の見直しが減反廃止ではないことは、彼らには十分すぎるほどわかっていたからだ。
では、2013年の減反見直しとは何だったのだろうか?
長年行われてきた減反政策とは、政府がこれ以上米を作ってはいけないという生産(減反)目標数量を、都道府県、市町村を通じて農家に配分し、これを守った農家に対してだけ、減反補助金を交付するというものだった。
農家が10ヘクタールの水田を耕作しているとき、4ヘクタールの減反目標が示されると、4ヘクタールすべてで減反を達成しないと減反補助金をもらえないというものだった。しかも、地域で生産(減反)目標数量をすべて達成しなければ、機械など他の補助金も交付しない、というペナルティーも課された。
2009年政権を取った民主党は、生産(減反)目標数量をすべて達成しなくても減反補助金を交付するという仕組みに変更した。上の例では、4ヘクタールでなくても3ヘクタールを減反すれば、その分の減反補助金は交付することにしたのである。
そのかわり、米の作付面積に応じた〝戸別所得補償〟を、生産(減反)目標数量をすべて達成した農家に限り、交付することとしたのである。生産目標数量の達成に〝戸別所得補償〟というアメをぶら下げたのである。つまり、生産目標数量の達成を、戸別所得補償と関連づけたうえで、減反面積への減反補助金と米作付面積への戸別所得補償という、アメとアメの政策に変えたのだ。
自民党は、民主党が導入した〝戸別所得補償〟をバラマキだと批判して、その廃止を公約した。民主党は、ほとんど農業所得がないような零細な兼業農家にも所得補償を交付したので、自民党からバラマキだと批判されても仕方のない政策だった。2013年の減反見直しは、政権に復帰した自民党による戸別所得補償を廃止するための制度見直しだった。
2014年には戸別所得補償は半減された。さらに2018年には戸別所得補償は完全に廃止されるので、それとしかリンクしていなかった生産(減反)目標数量も廃止されることになる。その代わり、戸別所得補償の削減・廃止で浮いた財源を利用して、主食用米からエサ米に作付け転換をする場合の減反補助金を大幅に増額したのである。
生産(減反)目標数量が廃止されるだけで、これは減反の廃止どころか強化だった。しかも、2007年の第一次安倍内閣の時、今回の見直しと同じく生産目標数量を廃止して、その後米価が下がったので直ちに撤回していたのである。40年間誰も行わなかったのではなく、安倍総理自身が5年前に実施して撤回した政策だったのだ。
今回の減反見直しは大きな効果があった。2014年主食用米の価格が10アールあたり7万円まで低下したので、エサ米を作って減反補助金(10.5万円)を含めて13万円の収入を得たほうが有利になった。
この補助金を政府は継続する。閣議決定された食料・農業・農村基本計画では、2025年にエサ米の生産目標を110万トンにするという。今回の農協改革と合わせて決定された「農業競争力強化プログラム」においても「飼料用米の推進」は明確にうたわれている。
減反補助金の増額で、エサ米の生産は着実に増加している。減反見直し前の2013年のエサ米作付面積2.2万ヘクタール、生産量11万トンが、2016年には9.1万ヘクタール、48万トンに、それぞれ4倍以上も増えている。
もちろん、これには膨大な財政負担が必要となる。2016年だけで1千億円近い納税者負担である。基本計画通りの目標が達成されると、2千億円の納税者負担が家畜のエサ代に使われることになる。財務省はこれを見直すべきだと主張しているが、今の財務省に自民党に抵抗できる力はない。
エサ米が増えれば、アメリカからのエサ用のトウモロコシ輸入は大きく減少する。アメリカがこの減反補助金を世界貿易機関(WTO)に提訴すると、アメリカは必ず勝つ。日本が減反補助金を廃止しないなら、アメリカは日本から輸入される自動車に報復関税をかけるだろう。米の7倍の産業規模を持つ自動車業界は大きな打撃を受ける。そうなると、減反は廃止せざるを得なくなる。
医療政策に見られるように、通常の政策は、財政負担をする代わりに、国民に安く財やサービスを提供するというものだ。減反政策のように、国民が4千億円の納税者負担をして、米価を引き上げ、6千億円の消費者負担をするという政策は、他にない。赤ちゃんからお年寄りまで国民一人が年間1万円負担している計算である。
アメリカから言われなくても、減反は廃止すべきなのだ。