メディア掲載  グローバルエコノミー  2016.12.13

泣くな小泉進次郎!農協への「要請」で終わる-農業村の抵抗に挑む青年代議士の闘い<後編>-

東洋経済オンラインに掲載(2016年11月30日付)

 政治家、小泉進次郎(35)が農業改革に挑んだ背景については、前編 「泣くな小泉進次郎!農業改革の分厚い岩盤」 で書いた。ここではなぜ改革が挫折したのか、具体的な理由について触れてみたい。

 農協は農業資材の販売でも圧倒的なシェアを持っている。肥料では8割、農薬、農機具で6割である。これだけの市場支配がされていれば、独占禁止法で独占状態が問題にされるはずだが、農協は協同組合であるという理由で、一部の規定を除き、独禁法の適用を除外されている。農協がカルテルを行うことも自由だ。このため、肥料や農薬、農機具、飼料など主要な農業資材は、同じ原料を使いながら、米国の倍もする。

 農家が高い農業資材価格を払えば、農産物ひいては食料品の生産コストや価格も上昇する。農協は、高い農業資材価格と農産物価格で、2度高い販売手数料を稼げる。国際価格よりも高い国内の農産物価格を維持するためには関税が必要となる。"農業村"の政策は、生産者の利益も消費者の利益も、ひいては国民全体の利益も、損なってきた。

 多くの政治家は、貧しい人が高い食料品を買うことになる逆進性が問題だとして、消費税増税に反対した。他方で、関税で食料品価格を吊り上げる逆進性の塊のような農政を維持することも、国益と言うのだ。



欧米は所得保障で農家を保護する

 米国や欧州連合(EU)は、財政からの直接支払い(所得補償)を農家に交付することで、消費者には低い価格で農産物を供給しながら、農業を保護する政策に切り替えた。価格を下げれば需要が増えるので、減反をしなくて済む。さらに、兼業農家が退出して農地を貸せば、主業農家に農地が集まり、規模が拡大してコストが下がるので、主業農家の収益は上昇し、農地の出し手である兼業農家に支払う地代も上昇する。コメの価格競争力は増加、輸出も拡大して、農業は発展する。

 価格が下がっても、直接支払いを受ければ、農家は困らない。農業所得がわずかしかない兼業農家に所得補償をする必要はない。だが、価格が下がると、販売手数料収入が減少する農協は困る。価格低下でコストの高い兼業農家がいなくなることは、脱農化で発展してきた農協の土台も揺るがす。だから農協は、「TPP(環太平洋経済連携協定)反対」の一大運動を展開したのだ。問題は、TPPと農業ではなく、"TPPと農協"なのである。

 本来の農協とは、農家が資材を安く購入するために作った組織である。それが、農家に高く売りつけることによって、農協組織の利益を図るようになってしまった。進次郎が挑戦しようとしているのは、農業資材価格だけでなく、高い農業資材価格の原因を作っている農協、さらには農協を中心とする農業村に支配された農政アンシャンレジーム(旧体制)である。

 農業資材の販売で圧倒的なシェアを持っているのに、農協に独禁法は適用されない。カルテルも自由にできる。同じ原料を使いながら、日本の肥料は韓国の倍もする。今回の調査で、肥料について多数の差別化された商品が供給されていることで、韓国よりも高い価格となっていると指摘された。これが他の資材にも当てはまると考えて、商品の数の多さが資材価格の高さを生んでいるという、解説記事を載せた主要紙があった。

 肥料については、実際にはJA全農(全国農業協同組合連合会)は単なるペーパーマージンを獲っているだけで、全農傘下の地域農協が「それぞれの地域に応じた」と称する肥料の生産を、メーカーに直接要求する。メーカーはこの多品種少量生産に応じるため、生産ラインを日に何回も止めて製造していることが肥料価格の高さを招く一因だ。しかし、同じことが、農薬や農業生産コストの大きな部分を占める農業機械に当てはまるものではない。高い農業資材価格の基礎にあるのは、農協の独占的な市場支配なのである。



前回の改革では全中を一般法人化したが・・・

 2014年に政府の規制改革会議がまとめた農協改革の提案は、安倍晋三首相の強い主張もあり、農協の政治組織であるJA全中(全国農業協同組合中央会)を農協法に裏付けられるものではない、一般の法人とすることに成功した。が、農協の経済活動自体については、巨大な事業体である全農やホクレン農業協同組合連合会などを株式会社化し(協同組合ではなく)、独禁法を適用しようとしたものの、農業村の抵抗により、株式会社となるかどうかは全農などの判断に任されることとなった。協同組合であることで、独占禁止法の適用除外のほか、安い法人税や固定資産税の免除など、様々なメリットを受けている全農が、株式会社を選ぶはずがない。

 今回、進次郎の資材価格を通じた農協改革に対し、政府の規制改革会議が呼応した。「1年以内」と時間を区切り、全農は資材の販売から手を引き、どこから資材を購入したらよいかなどコンサル業務を行う組織に変更することを提案したのである。株式会社化によらず農協の独占を崩そうとしたのだ。

 しかし、進次郎にとっては、タイミングが悪かった。2014年の農協改革では、農協法の改正を行い、その実施状況を踏まえて5年後にさらなる改革を行うかどうか、検討することとしていた。このため、今回の提案は、農協法を改正するのではなく、農協に"要請"するという形をとることになった。

 そもそも農協の権能は農協法で決められているので、農協法を改正し、全農には資材販売を行わないよう規定すればよかった。それができないために、要請という形をとったことがかえって、自主的な組織である農協の業務に国が介入するのは適当ではない、と反論を受けてしまった。規制改革会議の提案に、自民党農林族は強硬に反発、進次郎は政府と党との板挟みに悩まされることになった。

 結局、高い価格の原因となっているとされた商品の数の多さを減少させるため、農協に取扱品目数を減少させるように求めることにした。また農協法の改正ではなく、農協に数値目標を記した年次計画の策定・公表を求め、これを農林水産省が定期的に点検するという。つまり今回も、農協の「判断・裁量」に任せてしまったのである。



生乳の流通自由化も中途半端に

 なお、今回決定された「農業競争力強化プログラム」には、農協以外の部分も含まれている。

 生乳の集荷団体については、今まで指定された農協連合会(指定団体)以外を通じて生乳を販売する生産者には、バターや脱脂粉乳向けの加工原料乳に対する補助金は交付されなかったが、生乳の需給調整に参加することを条件に、こうした生産者にも補助金が交付されることになった。これで加工原料乳向けの比率の高い北海道には、ホクレンの独占が脅かされるようになるかもしれないが、比率の低い他都府県の生産者や指定団体は影響を受けない。本質的な政策変更ではなく、バター不足が起きなくなるようなものでない。

 結果的に進次郎は、農協票の動向を気にせざるをえない、自民党農林族の抵抗に遭った。農業改革は簡単にはいかないということを身をもって体験したことだろう。米シリコンバレーの投資家は失敗した企業家をより高く評価して投資すると言われる。進次郎は失敗したわけではない。足踏みしただけと考えればよい。資材価格が米国だけでなく隣の韓国に比べても極端に高いことを、世間一般だけでなく農業界の中にも周知させたことは、進次郎なくしてはできなかった大きな功績だ。資材価格を安くするための農協改革にはいくつかの途がある。

 父の小泉純一郎元首相の郵政改革は長年検討してきた案だった。1年程度で牢固な農政のアンシャンレジームを解体できるとは思っていないだろう。進次郎の挑戦は始まったばかりである。  (敬称略)