メディア掲載  グローバルエコノミー  2016.12.13

泣くな小泉進次郎!農業改革の分厚い岩盤-農業村の抵抗に挑む青年代議士の闘い<前編>-

東洋経済オンラインに掲載(2016年11月29日付)

 若き政治家、小泉進次郎(35)が農業改革のため、全国を飛び回っている。農政については素人だった進次郎が、短い期日の中で農業についての知識や理解を深めている。その一応の成果が11月25日、政府・与党の「農業競争力強化プログラム」として、取りまとめられた。そこで今までの顛末と評価をしてみたい。

 農業界が主張したのは、TPP(環太平洋経済連携協定)の交渉によって関税が撤廃されると、農業が壊滅するのではないか、ということだった。安倍晋三政権が進次郎を自由民主党の農林部会長に起用したのは、その人気を利用してTPPに不満を持つ農業界をなだめようとしたのだろう。しかし進次郎は、任命者にとって想定外の活動をする。



肥料や農業機械の価格に目を付けた

 進次郎が目を付けたのは、肥料や農業機械など、農業生産資材価格の高さだった。これらの資材が高いので農産物の生産コストが上昇し、外国農産物との競争力がなくなる結果、関税が必要となる。逆に言うと、資材価格が安くなれば、関税が削減されても農家に影響は生じない。TPPへの農家の不安も解消する。

 10月17日の衆議院TPP特別委員会で、質問に立った議員の多くは、与野党ともに農林族議員だった。国会の農林水産委員会に集まる議員は、自民党から共産党に至るまで、ほとんど同じ主張を持つ。農家の所得を上げるべきだ、農産物価格が低下してはならない、特に多くの農家が作っているコメの価格は高ければ高いほうがいい、そのためにはコメの供給を減らす減反政策は必要だ、と――。国内の高い農産物価格維持のためには、高い関税を守ることが国益となる、という論法である。

 TPP交渉で、「重要品目の関税撤廃阻止」という国会決議が守られたかどうかが大きな争点になっているが、これは農林水産委員会の合意であり、決議にすぎない。すべての議員が集まる本会議の決議ではない。

 同様に国会質疑も農林族議員の立場からの質問が多く行われた。それに対して安倍首相以下、政府側も、関税を守るのが国益だとか、農は国の基いであるとか、"農本主義"的な答弁がなされたのである。

 その中で進次郎の質問は異彩を放っていた。

 「私は農林部会長になって、農協の皆さんと向き合う中で、今でもわからない、根本的な疑問があります。それは農協(JA)の皆さんは(中略)協同組合だからこそ、独占禁止法から適用を除外されている。だったら、なぜ農協より、ホームセンターの方が安いものがあるのか。北海道の陸別町農協という、餌を安く提供する農協の組合長と会った。なぜほかの農協の組合員は、その安いところから買えないのか。農業の世界では当たり前かもしれないが、私にはその当たり前が理解できない。1円でも安く必要なものを、どこからも自由に買うことができ、経営感覚をもち、自由な経営が展開できる。まさにそれこそやらないといけない構造改革だと思いますが、総理から答弁をお願いします」

 これに対して安倍首相は次のように応じた。

 「小泉委員が指摘した所が、極めて重要な点なんだろうと思います。農家の皆さんは、飼料や肥料を1円でも安く仕入れ、農産物を1円でも高く買ってもらう。そのための努力を共同組織であるJA全農(全国農業協同組合連合会)には行ってもらいたい。その気持ちが強い。この思い、時代の要請に応えて、全農も新たな組織に生まれ変わるつもりで、がんばっていただきたいと思います」

 進次郎は生産資材が高いという問題を、その原因を作っている農協改革へ展開させたのである。



利益を共有する産政官学の共同体

 従来はこのような質問自体がタブーだった。農家所得を上げると言いながら、資材価格の高さを正面切って指摘する政治家はいなかった。筆者が数年前、肥料や農薬、農業機械、飼料すべての農業資材が米国の倍もしているという指摘をするまで、資材価格が海外と比べてどの程度高いのかを調べた研究者は、ほとんどいなかった。農協の利益を損なうからだ。資材価格を高くすると、農協は高い販売手数料を稼ぐことができる。

 農業政策は、ともに共通の利益を共有する、農林水産省、農協、農林族議員、農学研究者という、運命共同体によって作られてきた。これを"農業村"と呼んでよい。農協は選挙で農林族議員を当選させ、農林族議員は農水省の予算獲得を後押しし、農水省は高い米価や補助金という利益を農協に与え、農協から高い講演料を受け取る農学者(主に農業経済学者)は農業村に都合のよい主張を研究者という中立を装った立場で行ってきた。農業資材価格の水準だけではなく、コメの生産を減少させる減反がなければ米価はどのような水準になるのか、という研究をした人はいなかった。農業村に都合の悪い研究はタブーだったのだ。

 日本の農業は高い関税で米国などの農業から保護されてきた。それにもかかわらず、日本農業、特に最も保護されてきたはずのコメ農業が衰退するということは、その原因が海外にあるのではなく、日本の国内にあることを示している。それは、農協、農林族議員、農水省、農業経済学者という「産政官学」の関係者によって構成される農業村である。

 農業村の中心にいるのは農協だ。農業、特にコメ農業が衰退する一方で、コメ農業に基礎を置く農協は大きく発展し、我が国第2位を争うメガバンクとなっている。日本のJAと呼ばれる農協は、世界の協同組合の中でも、日本の法人や協同組合の中でも、特異である。欧米の農協は、農産物の販売や資材購入、農業金融など、それぞれに特化している。日本でも銀行が他業を兼業することは禁じられている。しかし、JA農協は、銀行や生命保険、損害保険、農産物や農業資材の販売、生活物資・サービスの供給をはじめ、ありとあらゆる事業を行う万能の組織なのだ。

 筆者はかつてあるジャーナリストから「欧米では農業保護のやり方を、高い価格ではなく財政からの直接支払いという方法に転換したのに、なぜ日本ではできないのですか?」という質問を受けたことがあった。考えてもみなかった質問なので、即答できなかった。が、一晩考えて、欧米にはなくて、日本にあるものがあると気づいた。農協である。

 圧力団体として日本医師会は有名だし、欧米にも、農業の利益を代弁する政治団体は存在する。だがこれらの団体自体が経済活動を行っているのではない。日本の農協は、政治団体であり、かつ経済活動を行っている。このような組織に、政治活動を行わせれば、農家の利益と言うより、自らの経済活動の利益を実現しようとすることは、容易に想像がつく。その手段として使われたのが、高米価・減反政策だった。



農業滅びて、農協栄える?

 戦後農家が闇市場に売ろうとするコメを政府に集荷させるため、戦前の統制団体を衣替えして作ったのが、農協である。農協はその生い立ちからコメ農家の維持にこだわった。この50年間で戸数が40万戸から2万戸へ大幅に減少した酪農のように、零細な兼業農家が農業から退出、少数の主業農家中心の水田農業となってしまえば、水田はもはや票田としての機能を果たせなくなるからだ。

 高米価政策で、コストの高い零細な兼業農家が農業を継続したため、農協は組合員数を維持できた。それだけではない。多数のコメ農家は兼業収入や年金収入、農地を転用して得た年間数兆円にも及ぶ利益を、JA農協バンクに預金し、農協を日本第2位のメガバンクにした。

 農業が衰退するのに、農協が発展したというよりも、農業を衰退させることによって、農協は発展したという方が正確だろう。高米価で兼業農家を維持したことが、銀行業務などありとあらゆる事業を行う権限を与えた特権的な農協制度と、うまくマッチしたのである。(敬称略)