メディア掲載  グローバルエコノミー  2016.11.24

加工食品の原材料原産国表示に隠された思惑-農林族議員の意図が〝消費者の利益〟という衣をまとって実現されようとしている-

WEBRONZA に掲載(2016年11月7日付)
加工度の高い食品も対象に

 国内で製造されるすべての加工食品に、その主な原材料についての原産国表示が義務づけられることになった。

 これまでは、原産地に由来する原料の品質の差異が、加工食品として品質に大きく反映されると一般的に認識されている品目で、製品の原材料のうち、単一の農畜水産物の重量の割合が50%以上である商品に表示が義務づけられていた。これが大幅に拡充されることとなる。

 具体的には、乾燥キノコ、緑茶、コンニャクなどの加工度の低い、ほとんど農産物といってもよいような食品が表示の対象だったが、今後はチョコレートやキャンディーなどの加工度の高い食品も対象になる。

 原産国表示が要求される原材料は、製品に占める重量割合が最大のものである。例えば、しょうゆや豆腐の場合、大豆が最大の原材料なので、「大豆(アメリカ)、小麦、食塩等」、または「大豆(アメリカ)、凝固剤」となる。

 しかし、食品メーカーの原材料の調達先は一国ではなく、さまざまなのが実態である。このため、食品メーカーの負担を考慮して、例外的な場合を規定するという。

 しょうゆの原材料である大豆の仕入れ先が、アメリカ、カナダ、国産というようによく変更される時は、「大豆(アメリカ、カナダ、または国産)、小麦、食塩等」と表示してもよい。また、アメリカ、カナダ、ブラジルというように3カ国以上の外国産が使用される場合には、「大豆(輸入)または大豆(輸入または国産)、小麦、食塩等」と表示してもよい。

 さらに、中間加工原材料を使用するときには、その製造した国を表示してもよい。トマトケチャップの場合、「トマトピューレ(アメリカ)、糖類等」のようになる。

 しかし、豆腐ハンバーグや豆腐ギョーザのように、中間加工原材料として豆腐を使用するときには、豆腐の原料大豆にアメリカ産を使用しても、「豆腐(国産)、豚肉、玉ねぎ、キャベツ等」などと表示できる。

 チョコレートの中で最大の原材料が砂糖だったとすれば、砂糖の原料である粗糖(原料はサトウキビ)の主産地がオーストラリアであっても、「砂糖(国産)、全粉乳、ココアバター等」と表示できる。チョコレートムースは「チョコレート(国産)、生クリーム等」となる。



消費者の利益に反するという批判があるが......

 ここにいたると、消費者が本来期待している情報は得られないことになり、何のための原産地表示かわからなくなる。このため、消費者団体からは不十分な表示であり、消費者の利益に反するのではないかという批判がある。

 しかし、はたしてそうだろうか?

 例えば、厳密に表示を要求した場合、原料大豆がアメリカ産からカナダ産に切り替わる時、そのつど製造ラインをストップして、表示ラベルの異なる容器に変更しなければならない。また、原料を保管している施設も、アメリカ産、カナダ産、国産ごとに分別して、混ざらないようにする必要がある。

 このためにかかる、労働コスト、製造コスト、保管コストは大きなものとなる。

 これを食品メーカーが負担しようとすると、従業員は過重労働や賃金引き下げを強いられるかもしれない。それができなければ、コスト増は消費税と同様、製品である食品の価格に転嫁され、食品の価格上昇につながる。貧しい人の負担が増える、逆進的な第二の消費税的なものとなる。「ただのランチというものはない」という経済学の格言を思い起こす必要がある。



そもそも表示は必要か?

 そもそも、加工食品の原料原産地表示は必要なのだろうか?

 これは食品の安全性とは関係ない。原料が国産だからといって、アメリカ産より安全であるという保証はどこにもない。過去には国産原料を使用して甚大な食品事故が起こっている。

 安全でないものは、そもそも流通することを許されない。原料原産地表示は、安全であることを前提として、商品情報を高めるものに過ぎない。

 もちろん、消費者としては商品情報が多ければ多いほど良いだろう。しかし、豆腐の原料大豆がアメリカ産かカナダ産かでどれだけ消費者の効用は増加するのだろうか?

 また、納豆でも豆腐でも、ほとんどの消費者がその表示を見ながら買っているのは、高い国産大豆使用のものではなく、外国産の大豆を使用した安いものである。

 原料原産地を知ることで消費者の効用が高まるとしても、それにはコストがかかることを知らなければならない。表示によって消費者の効用が30銭増えるとしても、コストが10円かかるとすれば、そのような表示はやめたほうがよい。



問題の裏に隠されている思惑

 もっと根本的なことがこの問題の裏に隠されている。

 私が農林水産省に勤務していた時、食品の原料原産地表示を強く要求していたのは、農林族議員や農業団体だった。その意図は農林水産省に勤めているものなら誰にでもわかった。

 消費者の国産嗜好を利用して、国産農産物を食品メーカーに使用させようとしたのである。

 農林族議員が集まる国会の農林水産委員会では、原料原産地表示を行うべきであるという利益誘導的な質問が繰り返し行われた。原料原産地表示の裏側には、こうした思惑が存在する。

 とうとう、彼らの隠された意図は、〝消費者の利益〟という衣をまとって実現されようとしている。

 どれだけ消費者の利益になるかわからない原料原産地表示にこだわりを見せる消費者団体が、4千億円もの納税者負担をかけて米の生産を縮小させ、国民の主食であるはずの米の価格をつり上げ、6千億円も余計に消費者に負担させている減反政策に、何も抗議しないのは、日本の食料・消費者問題の最大の謎ではないだろうか。