メディア掲載  グローバルエコノミー  2016.11.04

TPP反対論は論理破たんしている

WEBRONZA に掲載(2016年10月21日付)
国会論戦のレベル

 国会のTPP特別委員会質疑をテレビ中継で見た。残念ながら、国会の論戦とはこの程度なのかと思った。野党の質問は、口調は激しいが、的を外しているものがほとんどだった。

 まず、交渉の過程を明らかにすべきだという、繰り返し与党・政府を攻撃してきた論点である。

 政府間のいかなる交渉でも、民間の交渉でも、誰が何を言ってどう反論したとか、どれだけ要求してどこで落ち着いたかなどの途中経過を明らかにできないのは当然である。もし、日本政府の担当者が交渉の内容をペラペラと外部にしゃべるようなら、どの外国も日本とは怖くて交渉しようとしなくなるだろう。野党の質問は国益を損なうものだ。

 また、交渉というのは一直線で終わるのではなく、山あり谷ありで、また、やり取りする中でお互いのポジションが変わってくることもある。国会に承認を求めているのは、交渉の経緯ではなく交渉の結果としての協定である。その結果が国益に反するというのであれば、国会は堂々と否決すればよい。

 野党は、与党・政府が交渉経緯を明らかにできないのはわかっていて質問しているのだろう。政府を長時間攻撃していることを示したいという時間稼ぎの質問である。



経済学を理解しているか

 輸入米の調整金を、敵失を取ったと思ってやたら時間をかけて攻撃している。しかし、質問内容を聞くと、質問者が基礎的な経済学も理解していないことがよくわかる。農政に素人の農林水産大臣のたどたどしい答弁のほうが、経済学をよく理解している。

 米の国内生産量は約800万トンである。2014年度のSBS米の輸入量は1万トンに過ぎない。1万トンを調整金で安く売ったからと言って、800万トンの米の価格が値崩れするのだろうか?

 しかも(農水省の調査結果とは異なるが)、すべての業者が調整金を払っていたとしても、調整金の額は2億円程度に過ぎない。これで1兆5千億円の米の価額が影響を受けるのだろうか?

 どこの業界でも少しの品を一時的に値引きして売る業者はいる。しかし、それで商品全体の価額が下がることはない。

 ただし、この調整金の問題の本質は、すでに小論で示した通り、国産米に比べ輸入米の品質が悪いので値引き販売せざるを得なかったことにある。それなのに国産米と同じ入札予定価格を示した農水省に責任がある。攻めるなら、ここなのだ。


http://webronza.asahi.com/business/articles/2016100300003.html

 また、調整金問題と関連して、国内に流通したSBS米と同量の国産米を備蓄米として政府が買い入れ、それがいずれエサ米に処分されているのは、農民感情から許されないという指摘を行った議員が、主食用米の価格維持のためのエサ米生産振興の補助金(減反補助金の一つ)をぜひとも維持するように、総理や農林水産大臣に迫っている。自分の主張の矛盾に気づかないのだろうか? この矛盾をあえて指摘しない総理等の政府側に、私は武士の情けを感じた。

 一つ、野党の質問に十分な答弁が行われなかったのは、牛肉や豚肉へのホルモン使用を輸入品には認めて国産には認めていないのはダブルスタンダードであるというものだった。整合性がとれないというのである(EUは牛肉には使用を認めないで豚肉には認めていた)。

 ならば、国産にも認めますと答弁すればどうなのか? 質問者はこれをよしとするのだろうか?

 私はこの問題について専門家ではないが、これまでの日本の対応は熟慮の上のことではないだろうか。科学的にはホルモンの肉への残留が人の健康に影響を与えないのなら、認めてもよい。しかし、わざとあえて認めてこなかったのは、輸入牛肉はホルモンを使用しているが、国産は使用していないという差別化戦略ではなかったのだろうか。

 実際にもホルモンを使用すると牛の成長は促進されるが、肉は水っぽくなると言われる。そうであれば、むしろ日本政府の知恵としてほめられるべきである。それを国会等の場で明らかにされれば、外国に問題だと言われかねないと政府は思っていたのではないだろうか? その一を知って、その二を知らずという質問なのだろう。

 どの質問も政府をたじたじとさせるものではなかった。その安心感が農林水産大臣の強行採決発言を招いたのではないだろうか。



根拠をなくしたTPP反対論

 TPP反対論の根っこにあったのは、アメリカ怖い病である。TPPは、アメリカが日本を食いつぶそうとする手段だと言うのだった。アメリカ陰謀説である。

 しかし、当のアメリカが、TPPを含む自由貿易怖い病にかかってしまった。大統領候補者であるクリントンもトランプもTPP反対を強く主張している。大統領選挙後のレイムダックというわずかな期間しか議会承認のチャンスはなくなってしまっている。このため、日本政府は国会でTPPを承認することで、アメリカに承認を促すのだと言う主張を行っている。

 ここで2011年に「アメリカにさんざん痛めつけられたから、カナダもメキシコも入ろうとしない。TPPに入るのは入水自殺をするようなものだ」という街頭演説を行っていた、野党議員が質問に立った。

 彼は、面白い議論を展開した。「日本が承認すれば、アメリカはやはりTPPは日本に有利でアメリカに不利なものだと思うだろう。日本が承認しなければ、アメリカはTPPは自国に有利なものとなると判断するので、議会承認を得やすくなる」という趣旨のものだ。

 日本政府の単純な主張と異なり、私もそのような議論はあるのだろうと思っていた。しかし、彼の議論は自分の足を鉄砲で撃つようなものである。民進党はアメリカが承認しないのに日本が承認する必要はないと主張している。日本が承認しないためアメリカが承認すれば、いずれ日本も承認せざるを得なくなる。これはTPP反対の彼の立場と矛盾する。

 彼が街頭演説した後、カナダもメキシコもTPPに参加した。アメリカにTPP怖い病が蔓延し、TPPの議会承認はほぼ不可能になりつつある。アメリカ怖い病は、民進党の前原誠司議員が言ったようなお化けだったのだ。