メディア掲載  グローバルエコノミー  2016.10.20

輸入米価格の偽装をめぐる本当の問題とは何か-民進党は、国民に二重の負担を強いている米政策の全面的な廃止を対案として提示せよ-

WEBRONZA に掲載(2016年10月5日付)

 ある全国紙が、米を輸入する商社が実際の輸入価格(例えば100円)よりも高く設定された農林水産省の予定価格(150円)通りに輸入したと偽り、農水省の予定価格よりも安く輸入した部分(50円)を卸売り業者にリベートとして支払い、卸売り業者は農水省が予定した国産米と同水準の販売価格(200円)よりも安く(150円)販売していると報道した。

 農水省が、輸入米の価格は国産米の価格と同水準なので、環太平洋経済連携協定(TPP)でアメリカ等からの輸入を増やしても米農業に影響はないと説明していたことから、民進党はこの問題の実態解明がなされない限り、TPP協定の承認や、TPPが米農業に影響はないという前提で作られた予算案の審議には応じられないと主張している。この問題がTPPの国会承認の最大の障害になりつつある。



米の輸入制度はどうなっているのか?

 世界貿易機関(WTO)で日本は高関税での輸入以外に77万トンの義務的輸入枠の設定を約束している。これがミニマムアクセス米と言われるものである。2008年の汚染米事件は、これが原因だった。

 このミニマムアクセス米を、国内の米需給に影響を与えないようにするため、海外からの援助要請が来るまで長期間保存していたために、ミニマムアクセス米にカビが生えてしまった。カビ米を安く政府から買い受けた業者が、主食用などの用途に高く転売したのが、この事件だった。

 この77万トンの中に、10万トン主食用などに向けられるSBS(同時売買方式)という特別な枠がある。

 これは、ガット・ウルグアイラウンド交渉で、アメリカが直接実需者や消費者に販売したいと主張したために設けられたものである。これは日本での卸売業者(買い手)と輸入商社(売り手)がペアになって入札し、国内販売価格と輸入価格の差の大きいものから枠を落札できるというものである。この差はマークアップと呼ばれ、農林水産省が徴収する。


輸入米価格偽装・リベートとは何か?

 今回の問題を仮の数字を当てはめて説明しよう。

 まず農林水産省が国内販売予定価格200円と輸入予定価格150円を設定する。この差が最低のマークアップで、この場合では50円となる。

 ペアの業者が、国内販売申告価格200円と輸入申告価格140円、マークアップ60円で入札すれば、他にこれより大きなマークアップを申請したペアがなければ、落札・輸入できる。

 今回価格偽装と言われる問題は、実際の輸入価格が110円の時、申告価格140円との差の30円をリベートとして国内の買い手に払い、結果的に買い手の販売価格が、国内販売申告価格200円からリベート30円を引いた170円となっていた、というものである。

 これは農林水産省の国内販売予定価格200円を下回る。農林水産省はSBS輸入米の価格が国産の低価格米と同じだとして、TPPでアメリカやオーストラリアにさらなる輸入枠の拡大を設定しても、国内の米農家に与える影響はないと説明していた。

 今回の報道でこれが誤りだとわかったと民進党は追及する構えだという。また、農協も輸入米が安く流通し国産米に影響を与えているのではないかという不安や不信が高まっているとして、農林水産省に事実関係の解明や改善措置をとるよう申し入れている。


指摘されていることが本当に問題なのか?

 指摘されている問題は、輸入米が国産米よりも安く販売されているのではないか、それが国内の米需給に影響を与え、米価低落の原因を作っているのではないか、ということに尽きる。

 しかし、そうなのだろうか?

 国内の主食用の米の消費量は800万トン程度で、ほとんどが国産米で供給されている。これに対して、ミニマムアクセス米のうちSBS米は10万トンしかなく、これで輸入米の値引き販売が行われたとしても、全体の需給に及ぼす影響はない。特に、国産米の価格低下と輸入米価格が上昇したため、2014年度は1.2万トンしか輸入されなかった。輸入米を値引きしようにも、同年度は国産米が十分に安くなったので、輸入もされなかったのである。

 そもそも1993年にミニマムアクセス米を受け入れる際、国内の米需給に影響を与えないという閣議了解を行っており、これに基づいて一般の輸入米は飼料米や海外の援助米に活用して国内に流通しないようにしているし、SBSのように、国内に流通する米については、輸入米と同量以上の国産米を市場から買い入れることにしている。800万トンの米市場に10万トン輸入米が入っても、10万トンの国産米を買い入れて、市場での流通(供給)量を同じにしているのである。

 価格は需要と供給が一致するところで決定される。これが変わらない以上、価格が下がることはない。国内での米価の変動は、国内産米の生産の変動によるものであって、SBS米によるものではない。

 今回、TPPで拡大する輸入枠も同じ処理をするので、国内の需給に影響を与えない。農林水産省が、SBS輸入米の価格が国産の低価格米と同じだからTPP合意が国内の米農家に影響を与えないと説明したとすれば、説明の仕方が不適切だったと言うだけである。経済学に疎い役所だとして不問に付してやればよい。

 また農協は過去に、公正な米市場制度を利用して子会社との間で架空の取引を作り上げ、米価格を高く操作した全農秋田事件を起こした。農協に、このような商慣習を批判できるのだろうか?


問題は他にある

 輸入米の品質が国産米の品質と同じだとしよう。米の卸売業者が200円で売れている米を一部だけ170円に値引きして販売するだろうか?そんなことはしない。商社から安く購入したとすれば、それはこの卸売業者の利益になる(ポケットに入る)だけである。

 では、この卸売業者が輸入米を170円で売らなければならない場合とは何か?それは、輸入米の品質が国産米の品質より劣る場合である。実はここに問題があるのである。

 農林水産省は、価格偽装やリベート取引があるとしても、マークアップは納入しているので違法ではないとしているようである。しかし、それなら国内販売予定価格と輸入予定価格をなぜ設定する必要があるのだろうか?

 マークアップだけ予定のもの以上を納められるペアを落札させるというのであれば、この二つの予定価格を設ける必要はない。しかし、予定価格を設けている以上、これに違反して入札した業者の行為は当然に違法ではないのだろうか?

 しかし、上の例が示す通り、現実の国内販売価格と輸入価格は、輸入予定価格と輸入価格の差の分(30円)だけ下にずれているだけなのである。この価格偽装で輸入業者や卸売り業者が不当な不易を得たというものではない。これは業者が悪いというよりも、そのような非現実的な予定価格を設定した農林水産省の責任である。品質格差が国産米と輸入米の間にあるのであれば、そのような国内販売予定価格等を設定すればよかったのである。

 WTOで約束しているマークアップの上限値は、キログラム当たり292円である。国産米の価格が200円なので、292円も払うと輸入されない(ちなみに輸入枠以外で輸入する場合の関税は341円である)。したがって、マークアップ292円の範囲内で、農水省は二つの予定価格とマークアップを適当に設定してきた。これは完全な自由裁量であり、外部からはどのように決定されているのかうかがい知ることもできないブラック・ボックスである。

 この不透明さが今回のような問題を引き起こしたのである。

 より本質的な問題は、減反の補助金を農家に交付して米の生産量を減少させ、消費者が負担する米価を異常に高く釣り上げている米政策にある。

 減反を廃止すれば、生産量が増え、米価は120~130円程度に低下する。輸入価格よりも安くなる。関税もミニマムアクセスもいらない。国産米で国内のすべての米需要をまかなうことができるばかりか、輸出も拡大する。SBS制度を舞台にした価格偽装やリベート取引も消滅する。

 民進党が価格偽装やリベート取引を取り上げるというのであれば、ぜひとも、国民に納税者としてと消費者として、二重の負担を強いている米政策の全面的な廃止を対案として自民党に提示してもらいたいものである。反対するだけが野党ではないだろう。